油注ぎを理解する | 御言葉の実在

2026年1月4日(日) 油注ぎを理解する Understanding The Anointing 「あなたがたの場合は、キリストから受けたそそぎの油があなたがたのうちにとどまっています。それで、だれからも教えを受ける必要がありません。彼の油がすべてのことについてあなたがたを教えるように、—その教えは真理であって偽りではありません—また、その油があなたがたに教えたとおりに、あなたがたはキリストのうちにとどまるのです。」(1ヨハネ2:27) 一部のクリスチャンは、油注ぎが一時的なものと考えています。しかし、それはキリストにある新しく造られた者であるあなたの実在ではありません。神の油注ぎはあなたの中に永遠に留まります。それは、あなたが神聖の命として機能させる聖霊の臨在と力です。 旧約聖書では、王や祭司は聖別された象徴して油注がれました。しかし、新約聖書では異なります。あなたが聖霊を受け取った時、あなたの人生に一人の方が来られたのです。あなたは聖霊の充満さを、部分的にでも段階的にでもなく、測り知れないほどに受け取ったのです。神の御霊の全てが、力と共にあなたの中に住まわれているのです! あなたは神からさらに油注ぎや力を求める必要はありません。必要なのは、あなたの中に住まわれるお方へのより深い自覚です。聖霊の臨在を強く自覚すればするほど、聖霊の恵みと力があなたを通して働きます。油注ぎが来るのを「待つ」ことをやめましょう。油注ぎはすでにあなたの中にあるのです。冒頭の聖句にある通り、その油注ぎは教え、導き、強め、成功と影響力のために力を与えます。この自覚をもって日々歩みましょう。  告白 私はあらゆる課題を成し遂げる神の知恵と力と能力に満ちています。聖霊が私の中に住まわれるゆえ、神の力は私の中で、また私を通して力強く働き、私のなすすべてに卓越をもたらします。聖霊は私を導き、すべてのことを教え、成功と影響力のために私を力づけてくださいます。主を賛美します! 参照聖書 (ヨハネ3:34) 神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。 (2コリント1:21-22) 私たちをあなたがたといっしょにキリストのうちに堅く保ち、私たちに油を注がれた方は神です。神はまた、確認の印を私たちに押し、保証として、御霊を私たちの心に与えてくださいました。 (ヨハネ14:16-17) わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。 Source link

他人の内に信仰を鼓舞する | 御言葉の実在

2026年1月3日(土) 他人の内に信仰を鼓舞する Inspiring Faith In Others 「しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか」(ルカ18:8) 信仰は王国の言語です。信仰は私たちが生き、仕え、神を喜ばせる方法なのです。主イエスは冒頭の聖句で驚くべき問いを投げかけられました。「しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」私たちの使命は救いを宣べ伝えるだけでなく、諸国民に信仰によって生きる方法を教えることでもあります。 信仰は宗教的な概念ではありません。私たちが神聖な実在をこの物質世界で現実へと変える霊的原則です。信仰は見えないものをあるかのように呼び出します。信仰とは神の言葉に基づいて行動することであり、あなたが信じる通りに実践することです。信仰は状況や感情に関わらず、御言葉が命じることを行うことです。この生き方を学べば、あなたにとって不可能なことは何もないのです。 主イエスはこう言われました。「…まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでもあなたがたにできないことはありません。」(マタイ17:20)自らの信仰をもって他者を奮い立たせてください。福音を分かち合う時、あなたの言葉が確信と勝利、御言葉の支配力を伝えるようにしてください。信仰の生活とは神聖の可能性に満ちた人生であることを他者に理解させてください。信仰は常に結果を出すのです。信仰は、反論不能で、誤りなく、変わることなく、全能で、生ける神の言葉に基づいているからなのです。ハレルヤ! 告白 私は信仰に満ちています。私の言葉と生き方は他者のうちの信仰を鼓舞し、神の御業をもたらします。御言葉によって生きる私に不可能なことは何もありません。私を通して多くの人々が王国へと招かれ、キリスト・イエスにあって信仰の歩みを生きることを教えられます。アーメン! 参照聖書 (ローマ 10:17) そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。 (ヘブル 11:1-6) 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。2 昔の人々はこの信仰によって称賛されました。3 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。4 信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。5 信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。 (2コリント 5:7) 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。 Source link

キリストの救いのメッセージ | 御言葉の実在

2026年1月2日(金) キリストの救いのメッセージ The Message Of Christ’s Salvation 「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。」(マタイ24:14) キリストの救いのメッセージは、この世の闇と混乱に対する神の答えです。主の再臨の前に、すべての人々がそれを確かに聞き受け入れるようにすることが私たちの責任です。主は、福音が全世界に証しとして宣べ伝えられた後、終わりが来ると言われました。 これは、歴史のタイムラインは、教会がその働きを終えるよう設計されていることを意味します。あなたは時代を締めくくるために選ばれた世代の一員です。傍観して他者に任せてはいけません。とりなしの祈り、福音伝道への戦略的関与、財政的協力、大胆な伝道を通して積極的に参加してください。 神の御霊は、あなたの世界に手を差し伸べるように備えさせておられます。2コリント3章5節から6節はこう言っています。「何事かを自分のしたことと考える資格が私たち自身にあるというのではありません。私たちの資格は神からのものです。神は私たちに、新しい契約に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。…」 使徒の働き1章8節は宣言しています。「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」  覚えておいてください、任務は続いているのです。御霊による使命と緊急性は明らかです。神はすべての人々が救われ、唯一の神と、神と人との間のただひとりの仲介者であるキリスト・イエスを知り、すべての人の身代金(みのしろきん)としてご自身をささげられたという真理にたどり着くことを望んでおられます。(1テモテ 2:5-6) 主イエスはあらゆる問題への答えであり、この世の痛み、悲惨、堕落、病気に対する解決策です。イエスは命を与える方です。真の神であり永遠の命なのです。「しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。」(1ヨハネ 5:20) 祈り 愛する父よ、福音の責任を私に委ねてくださり感謝します。御霊によって私は力づけられ、キリストの愛と力と義のメッセージをもって私の世界に手を差し伸べることができます。私たちを通して、主の恵みと真理があらゆる場所で知られ、すべての国で勝利します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (マルコ16:15) それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。 (ローマ1:16) 私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。 (マタイ28:19-20) それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」 Source link

使命は続く | 御言葉の実在

2026年1月1日(木) 使命は続く The Mission Continues 「イエスは彼らに言われた。『わたしを遣わした方のみこころを行い、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。』」(ヨハネ4:34) 父の御心を行い、その御業を成し遂げることが、主の第一の焦点であり、最も切なる願いでした。それは主の満足であり、成就でした。同じ御霊と確信が、私たちを駆り立てて、2025年末までにすべての国々への福音の完全な宣教を成し遂げさせました。しかし福音宣教の使命は続いています。 私たちは、マタイ28章19節から20節で主が命じられたように、諸国民にどのように生きるのかを教え続けなければならないのです。「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」」 これが父なる神の御心であり、あなたのビジョンとなり、人生の優先順位を形作るべきものです。 諸国民は神の言葉を教えられ、主の再臨に備えて弟子として訓練されなければなりません。神はこの目的のために『御言葉の実在(Rhapsody of Realities)』という神聖な道具を私たちに与えてくださいました。聖霊の力によって、私たちはこの書物を通して神の民を教え、彼らがキリストにおいて最大限の可能性を発揮して生きるよう助けているのです。 ハバクク2章14節はこう宣言しています。「まことに、水が海をおおうように、地は、主の栄光を知ることで満たされる。」このビジョンにあなたの人生を駆り立てさせてください。あなたが救う一人一人の魂、あなたが配布する『御言葉の実在(Rhapsody of Realities)』、あなたが福音伝道のために信仰をもって蒔く一粒一粒の種は、ハバクク2章14節の偉大なビジョンを成就するに貢献するのです。 ですから、注意散漫になることを拒んでください。キリストの命を他者に明らかにし、私たちがキリストにあって持つ義の超越した、最高の支配について教える喜びのために生きてください。諸国民を弟子とし、彼らを教え、福音の真理に確立させることに献身してください。 祈り 愛する父よ、終わりの時の御業に私を忠実な者として数えてくださり感謝します。私は、生ける御言葉の知識をもってすべての国々に教え、世界中の人々に影響を与えるという、神聖な命令を成就するために生きています。私はこの偉大な任務のために、聖霊によって力づけられ、奮い立たせられ、力を与えられています。私の人生は、主の栄光と御国の進展のためにあるからです。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (マタイ28:19-20 NIV) だから、行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父と子と聖霊の名によって彼らにバプテスマを授け、20 わたしがあなたがたに命じたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」 (ハバクク2:14 NLT) 海を水で満たすように地の隅々に至るまで主の栄光が満ちあふれる。 (マルコ16:15-16) それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。 Source link

万物を相続するように召された | 御言葉の実在

2025年12月30日(火) 万物を相続するように召された Called To Inherit All Things 「 この方にあって私たちは御国(相続財産)を受け継ぐ者ともなりました。みこころによりご計画のままをみな行う方の目的に従って、私たちはあらかじめこのように定められていたのです。」(エペソ1:11) キリストにおける神の目的は、単に私たちを罪から救うことだけではなく、私たちを相続へと導くことでした。その相続はアブラハムの祝福に根ざしています。聖書は、私たちが神の相続人であり、キリストとの共同相続人であると語っています。(ローマ8:17)つまり、キリストに属するすべてのものは、キリストに属するのと同じ方法と同じ程度で、あなたに属するのです。 では、キリストに属するものとは何でしょうか?その相続の規模はどれほどでしょうか?聖書は全世界とその中にあるすべてのものがキリストに属すると語っています。「地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のものである。」(詩篇24:1)また、使徒パウロもエペソ3章8節で、キリストの相続財産の限りなく測り知れない規模を垣間見せてくれています。「私は、すべての聖徒たち[聖別された神の民]の中で、最も小さい者であるのに、その私にこの恵み[愛顧、特権]が授けられ[あわれみをもって委任され]たのです。それは、私が、キリストの尽きることのない[無限の、底知れない、想像もつかない、使い尽くせない]富[未だかつて、人類が捜し出すことのできなかった富]を、異邦人に宣べ伝えるためなのです。」(AMPC) これはキリストにおけるあなたの相続の度合い、規模を説明しています。あなたはキリストと一つであるゆえに、キリストが所有するものを所有しています。これは遠い未来に望むべきものではありません。エペソ1章11節は、あなたがすでに相続を得たと述べています。これは過去形です。あなたは今、所有者です。キリストを通して、あなたは父なる神に属するすべてのもの、つまり、知恵、富、平安、権威、栄光にアクセスできます。 さらに、エペソ1章14節は、聖霊を私たちの相続の「保証」と呼んでいます。それは私たちがキリストにあるすべてのものを所有することを保証する手付金、あるいは頭金です。もし神があなたに御霊を与えてくださったなら、神の霊の中に他のすべては含まれています。第一コリント3章21節から22節で、使徒パウロを通して聖霊が語られた言葉をさらに理解する助けとなります。「ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがたのものです。パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。」 限定的な思考にとらわれないでください。 自分を不利な立場にあると思わないでください。あなたは選ばれ、あらかじめ定められ、偉大さのために位置づけられています。キリスト・イエスにおいてすべてのものがあなたのものだという意識を持って考え、話し、生きてください。「というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えました。」(2ペテロ 1:3) 告白 私はキリストにあって相続財産を得ました。すべてのものは私のものです。アブラハムへの祝福が私の中で働いています。私は支配権と多くの実り、神の恵みの中を歩みます。今日、キリストにあって私の相続財産の現実で生きています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ8:16-17) 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。 (ガラテヤ4:7) ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。 (エペソ1:11-14) 私たちは彼にあって御国を受け継ぐ者ともなったのです。私たちは、みこころによりご計画のままをみな実現される方の目的に従って、このようにあらかじめ定められていたのです。それは、前からキリストに望みをおいていた私たちが、神の栄光をほめたたえる者となるためです。またあなたがたも、キリストにあって、真理のことば、すなわちあなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことによって、約束の聖霊をもって証印を押されました。聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。 (1コリント3:21-22 ) ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがたのものです。パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。 Source link

あなたは神によって完成された作品 | 御言葉の実在

2025年12月28日(日) あなたは神によって完成された作品 You’re God’s Consummate Man 「 私たちは神の[ご自身の]作品で(神の傑作)あって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって[新しく生まれ]造られたのです。」(エペソ2:10AMPC) あなたは神によって完成された存在であることを考えたことがありますか?神はあなたを欠陥や限界、抑制など一切なく創造されました。あなたは神が卓越した技で作り上げた傑作であり、完全で、完璧な存在なのです。これが神の完全なる御心です。神があなたを創造された時の意図であり、今も変わらず神が心に留めておられることです。 ヘブル10章14節はこう言っています。「キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。」それは聖なるあなたのことです。あなたは永遠に完全であり、完全さを超えることはできません。ハレルヤ!ダビデでさえこのことを理解し、主を賛美してこう言いました。「私は感謝します。あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。」(詩篇139:14)。神が見られるのは完全なあなたです。つまり、欠けるものも、壊れた部分もないあなたを見ておられます。 それは聖書の言葉を思い出させます。「私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かを加えることも、それから何かを取り去ることもできない。…」(伝道者3:14)神のなされることは時間が経っても変わらないのです。神の御業は完全であり、永久です。神があなたを創造された時、腎臓や心臓、肺が機能不全に陥ったり、血液疾患を抱えたりすることは計画の一部ではありませんでした。 病気や患い、衰弱によって体が傷つけられたり、損なわれたりすることも計画にはなかったのです。あなたは健康において完全とされたのです。なぜなら、神の御業には完全さがあるからです。創世記13章1節はこう書いています。「神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。…」注目すべきことは、神が、ご自身が造られたすべてをご覧になり、それが部分的に良いとは言わず、「非常に良かった」と宣言された点です。あなたもこの視点で自らを見なければなりません。 あなたは完成された者なのです。あなたは卓越し、完璧で、理想的で、欠点がなく、完全で、至高(しこう)で、全体に健全な者のです。あなたはあらゆる善と神聖さと神性に満ちています。これは聖書が「キリストにあって満ち満ちているのです」(コロサイ2:10)と語る理由を理解するのに役立ちます。だからこそ、あなたは立ち向かい、病むことを拒絶しなければなりません。人生における失敗者や犠牲者となることを拒んでください。サタンとそのむれ、そしてこの世の状況に対して支配権の行使と優勢を歩んでください。あなたは神の特別な宝物です。あなたは義と聖さで完成された者です。主の御名に永遠の栄光がありますように。 祈り 愛する父よ、私を卓越性と完全さをもって造り上げてくださったことを感謝します。私はキリスト・イエスにあって善い行いをするために造られた、主の完成された者です。私は成功、勝利、健康、義の定められし道を歩み、キリストにあって完全であり、神の神聖な性質と命に満ちあふれています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヤコブ1:18) 父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。私たちを、いわば被造物の初穂にするためなのです。 (1ペテロ2:9 AMPC) 「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方の[徳と完全性を示した]すばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」 (テトス2:14) キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。 Source link

福音の真のメッセージ | 御言葉の実在

2025年12月27日(土) 福音の真のメッセージ The True Message Of The Gospel 「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。」(ローマ6:4) 私は時々クリスチャンに「キリスト教はどう始まったのですか?」と尋ねます。多くの場合、 自信がなく答えられません。彼らはキリスト教はイエスが十字架にかけられた時から始まったと考えがちです。しかし違います。キリスト教は、イエス・キリストの復活から始まり、ペンテコステの日に聖霊が現れたことによって可能となったのです。真の救いのメッセージは、イエス・キリストの復活に基づいているのです。 これは重要な点です。なぜなら、あなたが真のクリスチャンとしての生活を送っているのか、それとも宗教的なキリスト教を実践しているのかが明らかになるからです。イエスが死ぬまでは、永遠の命を受けることは不可能でした。イエスの死は、私たちの罪、すなわち全世界の罪の代価を支払ったに過ぎません。ですから、イエスが死んだ時、すべての人の罪の代価は支払われたのです。 聖書は、神が罪のために一つの完全ないけにえを必要とされたと記しています。なぜなら、祭司たちが毎年捧げた雄牛や山羊の血では罪を取り除くことができなかったからです。ヘブル10章11節から14節にはこうあります。「また、すべて祭司は毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえをくり返しささげますが、それらは決して罪を除き去ることができません。しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、…キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。」 イエスの死は私たちの罪のために代価を払いましたが、私たちの罪のためのいけにえだけでは十分ではありませんでした。神はそれよりも優れたものを必要とされました。神は私たちに罪のない人生を望まれたのです。それが可能になったのは、イエスが復活された時でした。覚えておいてください、イエスが死なれた時、私たちも主と共に死んだのです。イエスが葬られた時、私たちも主と共に葬られました。イエスが墓から復活された時、私たちも主と共に復活したのです。 イエスは復活の時、新しく生まれました。神によって再び生まれたのです。「神は、イエスをよみがえらせ、それによって、私たち子孫にその約束を果たされました。詩篇の第二篇に、『あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ』と書いてあるとおりです。」(使徒13:33) 死者の中から最初によみがえられた方です。(黙示録1:5)イエスが「最初に生まれた方」と呼ばれるのは、 私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。(1ヨハネ4:17)ローマ6章4節にはこう記されています。「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。」 私たちはイエスの復活の産物です。あなたは新しく生まれた時、新しい命、つまり、復活の命をもって生まれたのです。これが真の救いのメッセージです。ハレルヤ! 告白 愛する父よ、私が永遠の命を受け取ることを可能にしてくださったイエス・キリストの復活に感謝します。私はイエスの復活の産物であり、義と勝利と支配の新しい命に生まれました。私はこの真理の実在の中を歩み、私の中にある神の命と性質そのものを自覚しています。私は罪、病気、敗北、そしてこの世のシステムに勝り生きています。イエスの御名によって祈ります。ハレルヤ! 参考聖書 (ローマ8:11 NIV) もし、イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊があなたがたのうちにおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方が、あなたがたの朽ちるべきからだをも、そのあなたがたのうちにおられる御霊によって、いのちを与えてくださいます。 (2コリント5:17) だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 (ヘブル10:11-14) また、すべて祭司は毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえをくり返しささげますが、それらは決して罪を除き去ることができません。しかし、キリストは、罪のために一つの永遠のいけにえをささげて後、神の右の座に着き、それからは、その敵がご自分の足台となるのを待っておられるのです。キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。 Source link

主イエスはご自身の神性を認められた | 御言葉の実在

2025年12月26日(金) 主イエスはご自身の神性を認められた The Lord Jesus Affirmed His Deity 「それで、ユダヤ人たちは、イエスを取り囲んで言った。『あなたは、いつまで私たちに気をもませるのですか。もしあなたがキリストなら、はっきりとそう言ってください。』イエスは彼らに答えられた。『わたしは話しました。しかし、あなたがたは信じないのです。…」(ヨハネ10:24-25) クリスチャンに対して「イエスでさえ自分がキリストであるとか神の子であるとか言ったことはない。それなのに、私たちに、なぜイエスが自らについて語らなかったことを主張するのか?」と言う人々がいます。しかし、 そのような考えを持つ人は、聖書をきちんと読んだことがありません。例えば、冒頭の聖句を見てください。ユダヤ人たちがイエスのもとにやって来て言いました。「いつまで私たちに気をもませるのですか。もしあなたがキリストなら、はっきりとそう言ってください。」   主の答えは極めて簡潔で明快、そして直接的でした。「わたしは 話しました。しかし、あなたがたは信じないのです。」そしてこう付け加えられました。「わたしが父の名によって行うわざが、わたしについて証言しています。」つまり、キリストであると自ら告げることに加え、父の名によって行う奇跡や御業こそが、イエスがキリストであるさらなる証拠であり、キリストの存在を証ししているのです。 主はご自身の神性を断言するにあたり、言葉を濁しませんでした。主はご自身がキリストであることを明らかにされました。 続く26節から30節ではさらに強調してこう言われました。「…わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。…わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。…わたしと父とは一つです。」これは驚くべきことです。このように語るのは神でなければできません。永遠の命を与えるのは神のみです。イエスはまことの神であり永遠の命であるのです。だからこそ、イエスは永遠の命を与えることができるのです。「しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。」(1ヨハネ5:20)ハレルヤ。 またイエスはこうも言われました。「わたしと父とは一つです。」なんと驚くべき宣言でしょうか。ユダヤ人たちはこの言葉の重大さを理解し、石を拾ってイエスを石打ちにしようとしたのです。彼らは「どうして、ただの人間であるあなたが、自分を神と同等だと言えるのか?」と言っていました。彼らはイエスが誰であるかを知らなかったからです。イエスはご自分をキリストであり、人の体にある神であると宣言されました。これらのことは、イエス自身が語ってくださったことなのです。 ヨハネ5章26節で、イエスはこう言われました。「それは、父がご自分のうちにいのちを持っておられるように、子にも、自分のうちにいのちを持つようにしてくださったからです。」これであなたは、なぜイエスがご自身を信じる者に、永遠の命を与えるのかが理解できるでしょう。イエスにはその権威があるのです。父が命を持つように、イエスも命を持っているのです。イエスは神と一つであり、神と同等です。ですから、あなたがイエスを宣べ伝えるとき、イエスについて語る時、信じる時、あなたは普通の人間と関わっているのではありません。テトス2章13節は、イエスを大いなる神であり、私たちの救い主であるキリスト・イエスと呼んでいます。イエス自身は神なのです。ハレルヤ。 祈り 愛する父よ、人となられた神、御言葉が肉となったイエス・キリストの啓示に感謝します。私は、イエスがキリスト、まことの神であり永遠の命であると信じ宣言します。私は主イエスの人格、力、御名、主権の大胆さと権威をもって歩み、地の果てまで主の支配と神性を宣言します。私を通して、主の真理が勝利し、主の栄光が明らかにされます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ10:30-38) わたしと父とは一つです。」31 ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、また石を取り上げた。32 イエスは彼らに答えられた。「わたしは、父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか。」33 ユダヤ人たちはイエスに答えた。「良いわざのためにあなたを石打ちにするのではありません。冒涜のためです。あなたは人間でありながら、自分を神とするからです。」34 イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの律法に、『わたしは言った、あなたがたは神である。』と書いてはありませんか。35 もし、神のことばを受けた人々を、神と呼んだとすれば、聖書は廃棄されるものではないから、36 『わたしは神の子である。』とわたしが言ったからといって、どうしてあなたがたは、父が、聖であることを示して世に遣わした者について、『神を冒涜している。』と言うのですか。37 もしわたしが、わたしの父のみわざを行なっていないのなら、わたしを信じないでいなさい。38 しかし、もし行なっているなら、たといわたしの言うことが信じられなくても、わざを信用しなさい。それは、父がわたしにおられ、わたしが父にいることを、あなたがたが悟り、また知るためです。」 (ヨハネ14:9-10) イエスは彼に言われた。「ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください。』と言うのですか。わたしが父におり、父がわたしにおられることを、あなたは信じないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、わたしが自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざをしておられるのです。 (コロサイ2:9) キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。 Source link

三位一体の神との交わり | 御言葉の実在

2025年12月25日(木) 三位一体の神との交わり Fellowship With The Godhead 「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」(1ヨハネ1:3) キリストにおいて、私たちは父なる神、御子、聖霊との交わりへと招かれました。継続的している学びによると、これがイエスから受ける三つ目の賜物、すなわち、交わりです。この「交わり」はギリシャ語「コイノニア(koinonia)」から訳され、複数の含意を持ちます。 英語における美しい同義語には「交わり(communion)」があり、これは非常に強い言葉で、一体性、共に飲むこと、同じ源から汲み取られることを意味します。もう一つは「コミュニケーション(communication)」であり、コミュニケーションがあるからこそ交流が可能です。 主イエスを通して、私たちは父なる神との驚くべき一体を享受できるのです。世界が暗闇の中で手探りし、神との交わりを求め渇望している間、私たちは神格とのこのすばらしい交わりへと招き入れられたのです。これは非常に大きなことです。これがクリスマスの真の本質です。私たちは神聖の性質にあずかる者(2ペテロ1:4)とされました。つまり私たちが「神の同じ類いの仲間」となったのです。 1コリント1章9節はこう宣言しています。「神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。」イエスは偉大で栄光に満ちたお方であり、私たちは今や主と交わりし、一つに結ばれた関係の中にいます。すなわち、私たちは主との親密さと一体を 享受する存在なのです。 使徒ヨハネが「…私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。」(1ヨハネ 1:3)と語るのも当然です。ハレルヤ! この真理は2コリント13:14でも強調されています。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。」 この「交わり」はフェローシップ(fellowship)と同じ言葉です。ですから、私たちは聖霊との交わりの中にいるのです。 これは未来の約束ではなく、私たちの現在の現実なのです。私たちはもはや外から覗き見る立場ではないのです。私たちは神性の内輪へと招かれ、深く親密な交わりの中に置かれているのです。この自覚があなたの人生を支配するようにしてください。日々この神聖な交わりの中を歩んでください。それが毎日を勝利のうちに生きる鍵なのです。 祈り 愛する父よ、父なる御神と主イエスと聖霊との交わりの特権に感謝します。私は神と同じ類いの仲間として、神と切り離せない一体であることを自覚しながら生きています。私の人生は栄光と卓越に満ちています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (2ペテロ1:3-4) というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。 (1コリント6:17) しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。 (ヨハネ 14:23) イエスは彼に答えられた。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。 (1コリント1:9 AMPC) 神は真実であり、その方のお召しによって、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられました。 Source link

イエスのみが永遠の命を与える | 御言葉の実在

2025年12月24日(水) イエスのみが永遠の命を与える Only Jesus Gives Eternal Life 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16) 前回の学びでは、イエスから受けた三つの重要な事柄について議論を始め、第一に義について考察しました。今日の学びでは、第二の事柄である永遠の命について説明します。イエス・キリストが死んで復活されるまで、誰も永遠の命を得ることは不可能でした。では、永遠の命とは何でしょうか?それは神性の生きた実存的な神の性質です。 永遠の命とは、神性の本質そのものであり、神の神聖な命です。この神聖な命こそ、イエスが私たちに可能にしてくださったものです。これは世界中のあらゆる宗教が渇望するものです。世界中のすべての人々は、神を信じるかどうかに関わらず、何らかの形で、この神の性質を望んでいるのです。彼らはその命を探していますが、その命をどうやって得られるのか、その命の本質について理解していません。彼らは人間がはるかに多くのもののために創造されたという直感を持っています。人間は単に存在し、普通の動物のように死んで永遠に忘れ去られるためにあるのではないのです。彼らは人間の中に永遠に生きる何かが存在すると信じ、その「何か」を探しているのです。 そうです。彼らの直感は正しいのです。しかし、それを得る唯一の道は、イエスを知り、心の中にイエスを受け入れることなのです。イエスは、まことの神であり、永遠の命です。「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」(ヨハネ17:3)また1ヨハネ5章20節にはこう記されています。「…それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。」 そしてヨハネ10章27節から28節で、イエスは驚くべきことを語りました。「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、…。」今読んだ言葉を改めて深く考えてみてください!あなたが何かを与えるためには、それを持っているか、それ自体である必要があります。イエス・キリストが永遠の命を与えられるのは、御自身が永遠の命そのものであるからです。そして、あなたが新しく生まれた時にその命を授けたのです。神に栄光がありますように! 新しく生まれたあなたは、死から命へと移ったのです。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。」(ヨハネ5:24)1ヨハネ5章11節から12節にはこう記されています。「そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っていません。」 過去形の時制に注目してください。神の証し、すなわち御自身の証言は、神が私たちに永遠の命を与え、この命が御子イエスの中にあるということです。イエスを持つ者は誰でも命を持っています。イエスを受け入れていない者は、その命を持っていません。永遠の命を与えるのはイエスだけなのです。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、私の霊の中に宿る神の命と神の性質である、永遠の命の賜物に感謝します。神の神聖な命が私の中で働いているゆえに、私は病気、患い、敗北、死に勝り生きています。私は、神の神聖の性質にあずかる者とされたことを知り、日々勝利と栄光のうちに歩みます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ6:47) まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。 (ローマ6:23) 罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。 (2ペテロ1:3-4) イエス・キリストのしもべであり使徒であるシモン・ペテロから、私たちの神であり救い主であるイエス・キリストの義によって私たちと同じ尊い信仰を受けた方々へ。神と私たちの主イエスを知ることによって、恵みと平安が、あなたがたの上にますます豊かにされますように。というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。 Source link