大規模な漁獲 | 御言葉の実在

2025年11月28日(金) 大規模な漁獲 The Large-Scale Catch 「また、天の御国は、海におろしてあらゆる種類の魚を集める地引き網のようなものです。」(マタイ13:47) 魂の救いには、個人伝道という働きがあります。それは一対一で魂を執拗に追い求め、完全に救われて信仰に根づかせるまで続けるものです。しかし、同時に「大規模な漁獲」という働きもあります。主イエスは、冒頭の聖句において、天の王国を海に投げ入れられ、あらゆる種類の魚を集めた網に例えられました。 人間の海に投げ込まれた網が、あらゆる階層の人々を引き寄せる様子を想像してください。それが私たちの大規模伝道活動、伝道集会、キャンペーン、アウトリーチプログラムを通じて起こることです。私たちはそこで手を伸ばし、大勢の罪人たちを王国の内に引き寄せるのです。  主がマタイ13章47節から48節で語っておられるのは、まさにこのことです。意図的かつ組織的に大勢の人々に届き、彼らを招き入れる私たちの取り組みです。「また、天の御国は、海におろしてあらゆる種類の魚を集める地引き網のようなものです。網がいっぱいになると岸に引き上げ、すわり込んで、良いものは器に入れ、悪いものは捨てるのです。」(マタイ13:47-48)これが救いであり、人々をキリストに招き、教会へ導くことです。これが収穫を刈り入れる行為です。  あなたの教会では、セルグループや交わり、教会、教区、ミニストリーとして、いつ網を投げるのでしょうか?個々の証しを励まし、人々が日々出て行って主イエスについて語ることは良いことです。しかし、時には、明確な戦略的使命を持って、地域社会や都市、町、国全体に働きかけ、彼らを王国へ招き入れるために、共に計画し行動しなければならない時があるのです。 今こそ組織化し、多くの人々に一斉に手を伸ばす時です。一度に百人、千人、万人、あるいは十万人に手を差し伸べる目標を設定し、それを目指しましょう。もしかするとあなたの目標は百万人以上かもしれません。それでも目指してください。主がそれを実らせます。これは主の御業であり、私たちは主のパートナーです。主は成功するための戦略を与えてくださいます。神から生まれたものは、必ず勝利し、増殖し、花開くのです。これが、あなたの持つべき心構えです。主は、収穫は多いと宣言されました。我々は大規模な収穫のための主の働き人なのです。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、個人的な伝道と集団的伝道の両方の力を示してくださり感謝します。私は終わりの時代の大規模な収穫に献身し、大勢の人々を王国へと導きます。世界中で、御子たちの集団的な魂の救いの働きが、諸国において力強く実を結んでいます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (箴言11:30)正しい者の結ぶ実はいのちの木である。知恵のある者は人の心をとらえる。 ( ルカ14:23)主人は言った。『街道や垣根のところに出かけて行って、この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい。 (マルコ 16:20)そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕 Source link

サタンは完全に敗北している | 御言葉の実在

2025年11月27日(木) サタンは完全に敗北している Satan Is Completely Defeated 「わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブであり、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。」(エゼキエル28:14) もし誰かが「なぜ神は初めからサタンを滅ぼさなかったのか」と問うなら、その答えは一つの深遠な真理にあります。サタンは油注がれた者だったのです。聖書はサタンを「油注がれたケルブ」と呼んでいます。そして油注ぎの働きの一つは、守るということです。神はサタンに、恣意(しい)的に破壊したり、取り消したりできない聖なる油を注がれたのです。 神は神ご自身のしたこととは戦われません。神の賜物と召命は変わることがありません。(ローマ11:29)だからこそサタンは完全に滅ぼされなかったのです。サタンは反逆さえも即座に無効にできない神聖な油注ぎを持っていたのです。代わりに神は贖いの計画を始動させました。神は法的かつ霊的根拠をもってサタンを打ち破るために油注がれたお方を遣わされたのです。 ユダ1章9節の記述を考えてみましょう。そこでは御使いのかしらミカエルは、モーセの体をめぐって悪魔と論じ、言い争ったと記されています。聖書によれば、ミカエルはあえてサタンをののしるようなことはせず、むしろ「主があなたを戒めてくださるように」と言いました。それはサタンが法的権威の地位を獲得していたからです。 アダムが神に背いて堕落した時、彼は神から与えられた支配権をサタンに譲り渡しました。サタンはその時点で、油注がれたケルブであること以上の位置を得たのです。すなわちアダムの権威を得て、御使いたちよりも高い階級に昇ったのです。ミカエルはこの事実を認識していました。彼は高位の御使でありながら、サタンの主張の法的正当性を理解していました。そこで彼はより高い権威、すなわち主の御名を呼び求めたのです。そのイエスの御名において、私たちはサタンより優位であり、彼を支配するのです。 したがって、神がサタンを滅ぼさなかった第一の理由は、油注ぎのためであり、第二の理由は、アダムの堕落によってサタンが得た権威のためでした。しかし、神の計画は阻まれませんでした。第二のアダムである主イエスが来られたのです。御霊によって生まれ、聖霊と力に油注がれ、サタンを法的に、霊的に、永遠に打ち破られたのです。最も美しい点は、私たちがその勝利を共に成し遂げたことです。私たちは主の死と埋葬、復活、そしてサタンと地獄と闇の悪霊たちに対する究極の勝利の中に、主と共にいたからです。ゆえに、あなたはサタンを完全かつ永遠に、恒久的に打ち破ったのです。 祈り 愛する父よ、御言葉の知恵と深みに感謝します。私は主の正義、力、そして義への変わらぬ献身を認めます。人類の救いのために、油注がれた方である主イエスを遣わし、私たちにサタンとその仲間たちに対する支配権と権威を与えてくださったことに感謝します。今日、私はその勝利の中を歩みます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ5:17)もしひとりの人の違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりの人イエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです。 (ユダ1:9)御使いのかしらミカエルは、モーセのからだについて、悪魔と論じ、言い争ったとき、あえて相手をののしり、さばくようなことはせず、「主があなたを戒めてくださるように。」と言いました。 (コロサイ2:15)神は、キリストにおいて、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました。 (マルコ16:17)信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、 Source link

永遠にキリストに根差す | 御言葉の実在

2025年11月26日(水) 永遠にキリストに根差す Permanently Rooted In Christ 「そこで、イエスは十二弟子に言われた。『まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。』すると、シモン・ペテロが答えた。『主よ。私たちがだれのところに行けましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。』」(ヨハネ6:67-68) 聖書によれば、主がある教えを説かれた後、弟子たちの何人かが不快感を抱き、主に従うことをやめました。彼らは見知らぬ者ではありませんでした。長い間、主と共に過ごし、財産を捧げ、主の働きを支え、奇跡を目撃してきた者たちでした。しかし、主が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。」 (ヨハネ6:53)と言われたとき、彼らはそれを受け入れられず、主のもとを去って行きました。 その結果、主は十二弟子に向き直り、「あなたたちも去りたいのか」と問われました。ペテロの応答は驚くべきものでした。「…主よ。私たちがだれのところに行けましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。」(ヨハネ6:68)これこそが献身であり、不変の姿勢です。私たちが模範とするべき姿なのです。 今日でも、主を拒んだあの群れのように振る舞う人々が存在します。彼らは不安定で、戒めや噂話に容易く動揺するのです。彼らの人生には安定性がありません。牧師がある主題について説教すると、彼らは牧師が自分たちのことについて話していると決めつけるのです。結局彼らは傷つき、教会への献身や福音への協力から身を引きます。この態度は肉的なものです。 安定した者になることを選びなさい。御言葉と信仰と神の家に根を下ろし、しっかりと立ってください。コロサイ2章7節のNIV訳が素晴らしいものです。「ですから、あなたがたがキリスト・イエスを主として受け入れたように、キリストにあって歩み続けなさい。キリストに根差し、キリストに築き上げられ、教えられた信仰に堅く立ち、感謝にあふれていなさい。」キリストに永久に根差し、確信が深く、強く、信頼でき、揺るぎない人となってください。 祈り 愛する父よ、私の中にある主の命と、私の人生に安定をもたらし、私の信仰を実りあるものにしてくださった聖霊に感謝します。私はただ主だけが神であることを確信し、揺るぎない忠誠と集中をもって主に従うとき、私の確信は深く、強く、揺るぎないものです。私は今、そして永遠に、キリストに根差し、土台を据え、確立されています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ6:66-69)こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった。 そこで、イエスは十二弟子に言われた。「まさか、あなたがたも離れたいと思うのではないでしょう。」すると、シモン・ペテロが答えた。「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは、永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。」 (コロサイ2:6-7 AMPC)あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい(生活を整え、行動しなさい)。7 キリストの中に根ざし、また建てられ、また、教えられたとおり信仰を[確立され]堅くし、あふれるばかり感謝しなさい。 (詩編119:165)あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和があり、つまずきがありません。 Source link

神の言葉は神である | 御言葉の実在

2025年11月25日(火) 神の言葉は神である God’s Word Is God 「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(ヨハネ1:1) 神の言葉は、単に神が語られるものではありません。それは神ご自身なのです。神の言葉は、神の表れです。神の言葉を聞くとき、あなたは神の御声を聞いているのです。神の言葉を受け入れるとき、あなたは神を受け入れているのです。神は御言葉の中におられ、御言葉は神の中にあるのです。 多くの人はこの真理を完全には理解していません。彼らは神の言葉が神とは別物だと思い込んでいます。まるで誰かが何かを言って、それからその言葉から離れていくようなものです。しかし神においてはそうではありません。神の言葉は神ご自身の人格を帯びているのです。それは神の考えだけでなく、神の力、神の臨在、神の栄光、そして神の命をも表しているのです。  人の性格をどうやって知ることができるでしょうか?それはその人の言葉を通してです。言葉は人の本質を明らかにするのです。同様に、神は御言葉の中で御自身を現わされるのです。御言葉は神性を伝えます。神の命は御言葉の中にあるのです。だからこそ、御言葉を心に受け入れる時、単なる情報や教えを得るだけでなく、神ご自身を受け入れているのです。あなたは命の本質と交わっているのです 神の御言葉は創造し、癒し、変革し、そして救い出します。主イエスが「御言葉がと人なって現れた方」(ヨハネ1:14)と呼ばれるのも当然です。主は言われました、「わたしと父とは一つです」(ヨハネ10:30)主こそが生きる御言葉です。「すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」(ヨハネ1:3) 御言葉が「それ(it)」ではなく「御方(Him)」と呼ばれていることに気づきましたか?それは人格を持つお方だからです。神の御言葉を聞き、受け入れるたびに、あなたは教義や教え以上のもの、すなわち神ご自身を受け入れているのです。ゆえに御言葉を尊んでください。御言葉を尊ぶことは、神を尊ぶことだからです。 祈り 愛する父よ、御言葉に宿る命と力と栄光に感謝します。御言葉が私の中にあって、その語ることを実現させるゆえに、私は同じ力と臨在と栄光を経験します。私は御言葉によって生き、絶え間ない変革と進歩と勝利を経験します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ 1:1-3,14 NIV)初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。2 この方は初めに神とともにいた。3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらないものは一つもなかった。14ことばは肉となって、私たちのうちに宿られた。私たちは、その栄光を見た。それは、父から来られたひとり子である方の栄光であり、恵みと真理に満ちていた。 (ヘブル4:12-13)神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。 (1 テサロニケ2:13)こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。 Source link

群衆の中の誰も失われるべきではない | 御言葉の実在

2025年11月24日(月) 群衆の中の誰も失われるべきではない No One Should Be Lost In The Crowd 「また、天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます。」(マタイ13:45-46) 地上のすべての魂は神にとって重要であり、それゆえあなたにとっても重要でなければなりません。主イエスはこう言われました。「あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした。滅びの子以外はです。それは聖書が成就するためです。」(ヨハネ18:9)「あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした」という下線部分に注目してください。父が与えた魂はすべて、滅びの子(滅びの定めを受けた者)を除いて、イエスは失わなかったのです。魂の救いと弟子訓練において、主こそが私たちの模範です。 教会やセルグループ、交わり会、伝道集会にどれほど多くの人が集まろうとも、群衆の中で誰一人として見失われてはなりません。多くの交わりは熱意とビジョンを持って始まりますが、時が経つにつれ、貴重な個人が取り残されていきます。グループが形成され、また別のグループが生まれます、しかし最初に集まった人々はどうなったのでしょうか?彼らはどこへ行ったのでしょうか?彼らは私たちに託されたのです。ゆえに私たちは常に彼らの行方に責任があるのです。 「入れ替えによるミニストリー」を行ってはなりません。毎週何百人もの新改宗者や初来訪者が教会に押し寄せても、実際の成長は見られない状況です。新しい人々が流入する一方で既存の人々が留まらないため、教会会場は決して満員になりません。それでは教会の成長にはつながりません。 一人ひとりの魂は尊く、神の家の教会、すなわち真理の柱であり土台において養われ、確立されるに値するのです。例えば、セルシステムの目的はそこにあります。あなたが牧師であるなら、単なる参加者としてではなく、セルグループの構造・戦略・監督におけるリーダーとして関わるべきなのです。 セル集グループの場所を把握してください。セルグループに訪問してください。その働きをフォローアップしてください。個々のメンバーに関心を示してください。群衆ではなく、一人ひとりの人を見てください。常にセルリーダーの働きを評価し、彼らの改善を助けることです。セルリーダーがメンバーをどう扱っているかを見極めてください。その集まりに足を運び、関与し、注意深く観察してください。人々を知り、彼らのために祈り、フォローアップし、成長を助けるのです。 説教を語ったり、プログラムを開催するだけでは不十分なのです。あなたは、主が教会に加えられた尊い魂たちと繋がり、弟子とし、守り抜かなければならないのです。細部を無視して影響を期待してはなりません。成長は意図的なもので、効果は計画的なものです。そして、すべての人の魂はすべてに値するものなのです。 祈り 愛する父よ、私は弟子訓練、フォローアップ、効果的な魂の獲得を通して、他の人が真の成長につながるように献身します。私に託されたすべての魂は育まれ、確立され、霊的に成長し、主の収穫における賢く忠実な働き人となるよう、イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ6:39)わたしを遣わした方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしがひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせることです。 (使徒 20:28)あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。 (ルカ15:4-7)「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。 (ヨハネ 17:11-12)わたしはもう世にいなくなります。彼らは世におりますが、わたしはあなたのみもとにまいります。聖なる父。あなたがわたしに下さっているあなたの御名の中に、彼らを保ってください。それはわたしたちと同様に、彼らが一つとなるためです。わたしは彼らといっしょにいたとき、あなたがわたしに下さっている御名の中に彼らを保ち、また守りました。彼らのうちだれも滅びた者はなく、ただ滅びの子が滅びました。それは、聖書が成就するためです。 Source link

赦しと癒し | 御言葉の実在

2025年11月23日(日) 赦しと癒し Forgiveness And Healing 「ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。」(ヤコブ5:16) 上記の聖句には、多くの人々が見落としがちな神聖な真理が示されています。それは癒しが祈りからだけでなく、私たちの心の正しさ、キリストの体における互いへの謙遜と愛からももたらされるという事実です。例えば、キリストにある兄弟姉妹を傷つけたなら、すぐにこう言うべきです。「ごめんなさい。私の言い方は間違っていました。あなたを誤解していました。赦してください。」 これこそが互いに過ちを告白するという意味です。それは、あなたが厳しく話してしまった時、誰かを誤解した時、あるいは心に怒りを抱え続けた時、それを認めるほどに謙虚であることです。また、他人を非難したり批判したりする代わりに、彼らのために祈ることです。聖書は、そうするとき癒しへと導かれると語っています。冒頭の聖句をもう一度読んでみてください。 これは、何年も前にR.W.シャンバック(R.W. Shambach)が語った驚くべき証しを思い出させます。彼が牧会していた教会に二人の女性がいました。一人は数えきれないほどの祈りにもかかわらず治らない甲状腺腫を患っていました。もう一人は、誰が手を置いても聖霊を受けることができませんでした。多くの人には知られていませんでしたが、この二人の女性は互いに長年の恨みを抱えていたのです。 ある日、礼拝中に牧師は二人の様子を観察し、介入すべきと促されました。牧師は大胆に二人を呼び出し、和解を促したのです。涙ながらに互いを赦し抱き合った瞬間、奇跡が起きました。甲状腺腫は消え、もう一人の女性は異言を話し始めたのです。追加の祈りは必要ありませんでした。なんと深い教訓でしょうか! 時に、人々の奇跡を妨げているのは祈りの不足ではなく、その態度なのです。おそらく彼らは恨みや苦い思いを抱えていたり、愛をもって歩むことを拒んでいるのでしょう。神はあなたがキリストにある兄弟姉妹をどう扱うかに注目しておられます。すべての人に温かく愛をもって接してください。決して嫌いな人などあってはなりません。 ある人々は他の人々には喜んで挨拶し交流するのに、特定の人になると態度が一変します。それはキリストのやり方ではありません。キリストは私たちに互いに愛し合い、惜しみなく赦し、すべての人と平和に生きるよう呼びかけています。恨みを抱くことを拒みなさい。聖書が言うように、憎む者、迫害する者、悪意をもってあなたを利用する者たちのために、すぐに赦し、さらに速やかに祈りなさい。それが健全で完全な人生、そして尽きることのない祝福への道なのです。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、御言葉と聖霊が私の中に生み出してくださった謙遜と愛に感謝します。私はすべての人に対して愛をもって歩み、すぐに赦し、他者のために執り成す用意があります。私は癒しと回復と平和の器であり、私の心は主の恵みで満たされています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (コロサイ3:12-13)それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。 (マタイ5:23-24)だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、 供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。 (エペソ4:32)お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。 Source link

あなたのうちの火を失うな | 御言葉の実在

2025年11月22日(土) あなたのうちの火を失うな Don’t Lose Your Fire 「熱心さ[真剣な努力]においては決して人後に落ちてはいけません。聖霊によって輝き[燃え]、主に仕えなさい。」(ローマ12:11AMPC) 火は燃え尽きる性質があります。だから火を絶やさぬためには、燃料を与えねばならなりません。主と霊的なものへのあなたの熱意と情熱も同様です。冒頭の聖句をもう一度読んでみましょう。「熱心さ[真剣な努力]においては決して人後に落ちてはいけません。聖霊によって輝き[燃え]、主に仕えなさい。」 言い換えれば、主のために絶えず燃え続けなさい、ということです。それがあなたの責任です。燃えさかる光となり、輝く光となってください。そのことで批判する者もいるでしょう。あなたを「狂信者」や過激派と呼ぶ者もいるかもしれません。あなたの霊的な生き方を嘲笑し、迫害する者さえいるでしょう。しかし、それは問題ではありません。重要なのは、あなたが正しいことを行い、キリストにおける目的を果たしていることです。 神の御心は、あなたが絶え間ない霊的な輝きの中に生き、常に神の臨在を解き放つことです。神はあなたが御霊に燃え、毎日、あらゆる場所で神の命と力を現すことを望んでおられます。その秘訣は御霊に満たされ続けることです。「また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌をもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。」(エペソ5:18-21) 絶えず聖霊と交わり、御言葉を思い巡らせてください。頻繁に祈ってください。特にあなたの周りにいる人々のために。あなたのセルメンバー、指導者、教会の家族、友人や愛する人々、そして仕事やビジネスで関わる人々のために。彼らの名前を書き留め、彼らのために執り成しの祈りを続けてください。 執り成しの祈りには特別な力があります。それはあなたの聖なる輝き、神の御業に対して、あなたを熱心で、情熱的なままに保つ聖霊の炎を持続させる方法の一つです。どれだけ学んだか、どれだけ知っているかは問題ではありません。主があなたに何を語られたかも問題ではありません。あなたは必ず祈りを通して、主との交わりを保たねばならないのです。さもなければ、あなたの知識に伴うべき霊的な熱意を失うかもしれません。 絶え間ない真剣な祈りから生まれる情熱、神聖な輝きがあるのです。祈らなければ、あなたの霊的なエネルギーは衰えるかもしれないのです。ですから心からの執り成しに時間を費やせば、霊において常に輝き続けるでしょう。 祈り 愛する父よ、御霊の事柄に対する情熱と熱意で私の心を燃え立たせてくださり感謝します。私は聖霊と共に揺るぎなく燃え続け、喜びと力をもって主に仕えます。私は常に輝き、霊に燃え、絶えず祈りと御言葉の奉仕に身を捧げます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ12:11 TPT)主に仕えることに熱心になり、主への情熱を熱く保ちましょう!聖霊の輝きを放ち、あなたが聖霊に仕えるとき、聖霊があなたを興奮で満たしてもらいましょう。 (1 テサロニケ5:17)絶えず祈りなさい。 (コロサイ4:12)あなたがたの仲間のひとり、キリスト・イエスのしもべエパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼はいつも、あなたがたが完全な人となり、また神のすべてのみこころを十分に確信して立つことができるよう、あなたがたのために祈りに励んでいます。 (ルカ 9:29)祈っておられると、御顔の様子が変わり、御衣は白く光り輝いた。 Source link

情熱と集中力をもって御言葉を渇望せよ | 御言葉の実在

2025年11月21日(金) 情熱と集中力をもって御言葉を渇望せよ Crave The Word With Passion And Intensity 「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい。」(2ペテロ3:18) 1ペテロ 2章2節には、こう記されています。「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。」これは、霊的に成長する方法と、あなたがどんな人生を生きるべきかについて驚くべき洞察を与えてくれます。あなたはあらゆる悪意、欺き、不誠実、偽り、妬み、中傷を捨て去るべきなのです。 リビングバイブルはこれを美しく訳しています。「ですから、悪意、偽り、偽善、ねたみ、悪口を捨てなさい。」神は、こうした行いを続ける代わりに、「…乳を求める赤ん坊のように、熱心にみことばを求めなさい。それによって成長するためです。」と言われています。神はあなたが救いにおいて成長することを望んでおられるのです。 キリストを受け入れた今、あなたは御言葉への強い渇望を持ってください。神の事柄において成長することを切に願ってください。神の御言葉を熱烈に、喜びをもって渇望してください。長年にわたり、私は成長への深い渇望を持つ多くの人々に出会ってきました。彼らは主を渇望し、質問を投げかけ、聖書を調べ、定期的に礼拝に出席し、学びを熱望していました。それは常に美しい光景です。 御言葉への心からの、絶え間ない渇望を持ってください。コロサイ3章16節はこう言います。「キリストのことばをあなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。」 御言葉へのあなたの渇望を飽くことのないものにしてください。ヨブのように、必要な食物よりも御言葉を尊び、切に求めてください。それを喜びとしなさい。そうすれば、あなたのするすべてのことが栄えるでしょう。(詩篇1:1-3を参照)ハレルヤ!これがあなたに対する神の御心なのです。 祈り 愛する父よ、私を築き上げ、信仰に堅く立たせてくださる御言葉に感謝します。御言葉によって、私は救いの満ちあふれるところまで成長し、強くなり、揺るがず、あらゆる善いわざにおいて実を結び、繁栄し、健康に満たされます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (1 ペテロ2:1-2 AMPC)ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。 (ヘブル5:12-14)あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています。まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。 (コロサイ3:16)キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 (ヨシュア1:8)この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。 Source link

御父へ近づく唯一の道 | 御言葉の実在

2025年11月20日(木) 御父へ近づく唯一の道 The Only Access To The Father 「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」(ヨハネ14:6) 私たちが今読んだ主の言葉は絶対的なものです。主は「一つの道」ではなく「唯一の道」だと宣言されました。そこに曖昧さは一切ありません。主は真理であり、命そのものです。そして、父なる神への唯一の道は主のみです。使徒の働き4章12節はこう宣言しています。「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」 イエスの主権を告白すること以外に、救いへの道はありません。救いはイエス以外には見出されません。聖書がそう語っているのです。そしてそれが絶対的な真理である以上、私たちは黙っていられません。私たちは日々を、他の人々をキリストへと導くことを最優先として生きねばなりません。 永遠の命を与えるのはイエスだけです。なぜならイエスは永遠の命そのものだからです。「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。」(ヨハネ10:28)また1ヨハネ5章20節には、「しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。」とあります。これが、私たちが宣教する理由です。これが、私たちが人々に手を差し伸べる理由です。これが、私たちが世界中で伝道、集会、セルグループを組織し、『御言葉の実在』を配布する理由です。 私たちは単なる宗教活動に参加しているのではないのです。神の最高の召しを果たしているのです。永遠の分離から人々を救い出し、神の御子の栄光の自由へと導いているのです。主イエスこそが彼らの唯一の希望です。福音を全世界に伝える責任が私たちに託されているのです。すべての男女、少年少女が福音を聞き受け入れるまで、情熱と大胆さと切迫感をもって、この働きを続けましょう。 祈り 愛する父よ、すべての人が救われるイエスの御名を感謝します。私は沈黙することを拒みます。大胆さと力を持って福音を宣べ伝え、多くの人々を暗闇から光へ、サタンの力から神へと立ち返らせます。救いのメッセージは急速に広がり、主イエスは栄光を受けられます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ10:13-15)「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」 (ヨハネ3:36)御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。 (2 コリント5:18-19)これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。 Source link

揺るがず、堅く立つ | 御言葉の実在

2025年11月19日(水) 揺るがず、堅く立つ Stand Firm And Steadfast 「愛する人たち。そういうわけですから、このことをあらかじめ知っておいて、よく気をつけ、無節操な者たちの迷いに誘い込まれて自分自身の堅実さを失うことにならないようにしなさい。私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと知識において成長しなさい…」(2ペテロ3:17-18) 聖霊は、冒頭の聖句で使徒ペテロを通して力強い戒めを与えています。主はあなたが揺るぎない者であり続け、悪しき者たちの誤りに従うことを拒むことを望んでおられます。主はあなたが恵みと、私たちの主であり、救い主であるイエス・キリストの知識において成長することを望んでおられるのです。 霊的成長は、欺きや不安定さに対する解毒剤です。霊的成長は、反対する教義や注意散漫によって揺るがないように、あなたが根を張り、強く、堅固に保ちます。教会やセルグループに出席すること、あるいは霊的な事柄に参加するようにいちいち言われなければならない者になってはいけません。強く、頼りになる者となり、主とその御言葉、そして御業への献身において揺るぎない者となってください。 悪しき者たちの誤りは、必ずしも外見上悪に見えるものばかりではありません。例えば、伝道の書8章10節にはこう記されています。「そこで、私は見た。悪者どもが葬られて、行くのを。しかし、正しい行いの者が、聖なる方の所を去り、そうして、町で忘れられるのを。これもまた、むなしい。」 彼らは神の家に頻繁に通い、聖なる所に出入りしていたが、決して信じられることはなく、死に、葬られ、忘れ去られました。彼らが生きている間は称賛されていたかもしれませんが、彼らの影響力は空しく、その人生は無駄なものだったのです。 新国際訳(NIV)ではより明確にこう訳されています。「また、私は悪人が葬られるのを見た。彼らは聖なる場所を行き来し、その行いをした町で称賛を受けていた。これもまた空しい。」彼らの末路は何でしょうか?詩篇9篇17節は私たちに明確に告げています。「悪者どもは、よみに帰って行く。神を忘れたあらゆる国々も。」悪しき者たちは、決断や仕事、目標などにおいて神を認めず、神を忘れて生きてきた者たちです。 神を忘れないでください。目的も、ビジョンも、焦点も、成長もないまま、神の御前に漂い去る群衆に従わないでください。悪しき者の過ちを避けてください。代わりに恵みの中で成長してください。キリストについての知識の中で成長してください。堅く立って揺るがず、あなたの人生が神の栄光のために数えられるようにしてください。 祈り 愛する父よ、私に成長と訓練、霊的な力を与える御言葉に感謝します。私は御言葉の真理に堅く立ち、主への献身において揺るぎなく、不動です。私は恵みと主イエス・キリストの知識において成長します。私は根を下ろし、地に足をつけ、実を結び、主に喜ばれる人生を歩みます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (1 コリント15:58)ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。 (詩編1:1-3)幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。 (コロサイ2:6-7)あなたがたは、このように主キリスト・イエスを受け入れたのですから、彼にあって歩みなさい。キリストの中に根ざし、また建てられ、また、教えられたとおり信仰を堅くし、あふれるばかり感謝しなさい。 Source link