サタンの影響力を越えて生きる | 御言葉の実在

2026年2月13日(金) サタンの影響力を越えて生きる Live Above Satan’s Influence 「さて、十二弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれるユダに、サタンが入った。」(ルカ22:3) イスカリオテのユダは主イエスの十二弟子の一人でした。彼は主と共に歩み、教えを聞き、奇跡を目撃しました。しかしユダには弱点がありました。他人のものを欲しがる性質があり、それがサタンに彼の心を支配する隙を与えました。 聖書によれば、ユダはイエスの宣教活動における会計係であり、しばしば財布から金を盗んでいたと記しています。(ヨハネ12:6)彼が気づかなかったのは、サタンが人の弱さ、すなわちその人が愛する罪そのものを利用して、人を支配し滅ぼすということです。ユダは自分が賢いと思っていましたが、実は自らの破滅へと導かれていたのです。 聖書は、ユダがユダヤ人の指導者たちのもとへ行き、主を裏切ることを申し出たことを明らかにしています。彼が兵士たちをイエスのもとへ導き、口づけでイエスを裏切ったとき、イエスは彼を見つめて言われました。「ユダよ、人の子を口づけで裏切るのか。」(ルカ22:48)それでもなお、ユダは後悔の念を抱きませんでした。 イエスが死刑を宣告されるのを見た時、初めて自らの行いの恐ろしさが真に彼を襲ったのです。絶望に陥ったユダは外に出て首を吊って死んだのです。彼は永遠に失われた者となりました。これがサタンの手口です。サタンは彼の欺きと欲望で犠牲者の目をくらませ、もはや自らを理解できなくさせるのです。サタンは彼らに説明できない行為へと駆り立て、取り返しのつかない選択をさせるように追い込むのです。 ユダは殺人者になるつもりはありませんでした。だが罪は安全な距離など存在しない道です。今日、ユダのように貪欲や怒り、情欲に惑わされる者がどれほど多いか考えてみてください!多くの殺人者、強盗、暴力的な男たちにも、愛する家族や親、子供がいるのです。それでも彼らは想像を絶する行為に及び、後に「なぜあんなことをしたのか」と自問するのです。 人は誤った欲望に屈するとき、目に見えない力に駆り立てられます。だからこそ、心を守ることは重要なのです。貪欲、恨み、情欲、怒りに決して居場所を与えてはいけません。御言葉であなたの心を満たし、聖霊に身を委ねてください。そうして初めてサタンを締め出し、その影響を超越して、義と真実の中を歩むことができるのです。 祈り 愛する父よ、私を義と真実の中を歩ませるように導かれる主の御言葉の光と聖霊の働きに感謝します。私の心は、主の愛に満たされ、私の思いは主の御心に沿っています。私はサタンのあらゆる影響を拒み、聖霊の知恵と清さと力の中を歩みます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ13:2) 夕食の間のことであった。悪魔はすでにシモンの子イスカリオテ・ユダの心に、イエスを売ろうとする思いを入れていたが、 (ヤコブ1:14-15) 人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。 (エペソ4:27-31) 悪魔に機会を与えないようにしなさい。盗みをしている者は、もう盗んではいけません。かえって、困っている人に施しをするため、自分の手をもって正しい仕事をし、ほねおって働きなさい。悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。 Source link

二倍の分け前の原則 | 御言葉の実在

2026年2月12日(木) 二倍の分け前の原則 The Law Of The Double Portion 「きらわれている妻の子を長子として認め、自分の全財産の中から、二倍の分け前を彼に与えなければならない。彼は、その人の力の初めであるから、長子の権利は、彼のものである。」(申命記21:17) 多くの人が聖書で言及される「二倍の分け前の原則」を誤解しています。この原則によれば、例えばある男性が六人の息子に遺産を分配する必要があった場合、彼は遺産を七等分しなければならなかったのです。各息子は一つの分与を受け取り、余った第七の分与は長子に与えられました。 この長子への追加分与こそが「二つの割り当て」を意味するのです。彼は他の者たちの倍の分を得たのであり、父が持っていたものの二倍を受け取るという意味ではありません。この二倍の分け前は長子の権利であり、相続の印、家族における指導者と相続権の象徴です。二倍の分け前を受けた者は相続人となり、父の権威と名を継ぐ者と認められたのです。 創世記48章5節から6節は、ヤコブの長子ルベンが二倍の分け前を受ける権利があったことを示しています。しかし彼は過ちによりそれを失いました。相続権はヨセフに移され、ヨセフは息子エフライムとマナセを通してそれを受けました。これが、ヨセフの名を冠した部族が一つではなく、エフライムとマナセの二つの部族が存在する理由です。 エリシャがエリヤに「では、あなたの霊の、二つの分け前が私のものになりますように」(2列王記2:9)と語ったのも、この原則を指していたのです。エリシャはエリヤの「油注ぎ」の二倍を求めていたのではありません。そもそもそんなことが可能なのでしょうか?むしろエリシャは、預言者の学校における「長子」としての地位、すなわちエリヤの後継者としての預言者長位の受け継ぐことを求めていたのです。  エリヤが火の戦車に連れ去られるのをエリシャは目撃しました。エリヤの外套が落ちると、エリシャはそれを拾い上げました。ヨルダン川に戻り、「エリヤの神、主はどこにおられるのか」と叫び、川の水を打ちました。するとヨルダン川はエリヤの時と同じように分かれたのです。預言者の弟子たちがこれを見ると、エリシャの前にひれ伏し、「エリヤの霊がエリシャの上に臨んだ」と宣言しました。(2列王記2:14-15)彼らは同じ霊、同じ預言者の職分と権威が今やエリシャに与えられたと認めたのです。 これが「二倍の分け前」の原則の真の意味です。同じ権威と地位を相続するのであって、より多くの力や「二倍の油注ぎ」を求めることではありません。二倍の油注ぎのようなものは存在しません。あなたはすでに、その満ち満ちた御霊が内に住まわれているのです。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、御言葉を通して理解を与えてくださり感謝します。私はキリストにおける相続の知識のうちを歩み、御子としての権威と支配を行使します。御言葉が私の道を照らし、知恵と真実のうちに機能させてくださいますように、イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ヨハネ3:34) 神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。 (エペソ3:17-19) こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。 (ヨハネ1:16) 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。 Source link

御霊によって祈る | 御言葉の実在

2026年2月11日(水) 御霊によって祈る Praying In The Spirit 「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」(ローマ8:26) 聖霊による祈りは、私たちクリスチャンにとって最も効果的な祈りの方法です。しかし聖霊による祈りには二つの側面があります。第一に、聖霊の導きによってあなたの霊が祈り、異言という霊の言葉が与えられることです。その異言で祈るとき、あなたの霊は活力に満ち、高くそびえる建物のように築き上げられます。ユダ1章20節から21節に「しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り」とあります。 1コリント14章4節はこう言います。「異言を話す者は自分の徳を高めます」これが、神の民に多く異言を話すよう勧める理由です。異言はあなたの霊と魂と体を神の力によって超充電状態に保つからです。あなたは聖霊によって、内なる人が力強く築き上げられ、強められ、堅く守られるのです。ハレルヤ! しかし、聖霊による祈りには第二の段階もあり、これもまた大きな祝福と益をもたらします。この時は、あなたの霊が祈るのではなく、聖霊ご自身があなたを通して祈り、とりなしてくださるのです。冒頭の聖句に記されているのはこのことです。 最初の段階では、聖霊があなたに言葉を授け、異言で語らせます。しかし第二の段階の場合、言葉は発せられません。知られている言語でも未知の言語でもなく、あなたから出てくるのは聖霊の深い嘆きとうめきです。このレベルでは、聖霊が完全に主導権を握り、御父の御心と完全に調和してあなたを通して祈ります。 このように聖霊があなたを通して執り成すことを許すとき、結果は常に栄光に満ちています。聖書はこう言います。「人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。」(ローマ8:27)それはあなたの思いや理解ではなく、御霊の思いがあなたを通して表現されるのです。 続く28節はその結果の一部を明らかにしています。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる」聖霊に身を委ね、あなたを通してとりなしていただくことで、逆境や困難な状況さえも、すべてが調和し、あなたの益となるように導かれるのです。これが、御霊による祈りの力であり、それ以外にも多くの祝福と恵みが伴います。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、主の完全な御心に従って祈る助けとなる聖霊の尊い賜物を感謝します。今も、御霊によって祈る私は主の力に満たされ、私の人生は主の目的に沿って整えられています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ 8:26-28 AMPC) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の(意図されている)思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って(それとの調和をもって)、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。神を愛する人々、すなわち、神のご計画(目的)に従って召された人々のためには[神は彼らと産みの苦しみをともにしてくださる方であって]、神がすべてのことを働かせて益としてくださる[良い結果をもたらすご計画の中にうまくはまる]ことを、私たちは知っています。 (エペソ 6:18) すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。 (使徒 1:8) しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」 Source link

新生に代わるものはない | 御言葉の実在

2026年2月10日(火) 新生に代わるものはない No Substitute To The New Birth 「イエスは答えて言われた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。』」(ヨハネ3:3) 自分の善い行いが悪い行いを上回れば、神に受け入れられると考える人々がいます。しかし重要なのは善い行いや悪い行いではなく、あなたの性質にあるのです。ガラテヤ6章15節はこう語ります。「キリスト・イエスにあって、割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。」神の命と性質を持つ新しい被造物となることこそが、神との関わりを決定するものです。 主イエスが「人は新しく生まれなければならない」と言われたのも、同じ理由です。これは宗派的な思想でも教会の教義でもありません。永遠の命への唯一の道なのです。主はこう言われました。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」 言い換えれば、その人は神の国にアクセスすることも、知ることも、理解することもできない、ということです。神の国はすでにキリスト・イエスの中に存在しますが、新しく生まれ変わるまではその一部になれないのです。 ヨハネ3章6節です。「肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。」この新生とは、神の言葉を通して聖霊によって人間の霊が新しく創造されることです。これは宗教的体験ではなく、神の命と性質があなたの霊に注がれることです。だからこそ主はこう言われたのです。「あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。」(ヨハネ3:7) 新しく生まれる以外に道はなく、選択や個人の好みによるものではありません。神の国に属する者となるには、神の命を体験し、神と一つとなるために、必ず生まれ変わらなければなりません。他の方法はありません。もしあなたがこれを読みながら、まだ生まれ変わっていないなら、救いの祈りを開き、その言葉を心から信じて口に出してください。その瞬間、あなたは神の子となり、あなたの霊に永遠の命が授けられるのです。 祈り 愛する父よ、イエス・キリストによる救いの賜物を感謝します。私は新しく生まれ、キリスト・イエスにあって新しい被造物であることを宣言します。私は神の命の実在に歩み、主の光と義と栄光の御国において機能します。私を主と一つにしてくださり感謝します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (テトス3:5-6) 神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。 (2コリント5:17) だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 (1ペテロ1:23) あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。 Source link

あなたが答えです | 御言葉の実在

2026年2月9日(月) あなたが答えです You’re The Solution 「 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」(ローマ8:28) 答えが生まれる前に、問題が存在したことは一度もありません。このことを常に心に留めてください!私はよくこう言ってきました。問題は答えへと引き寄せられるのです、と。もし答えの種があなたの中にあるなら、問題はあなたを探しに来るのです。だからこそ特定の試練があなたのもとへ訪れるのです。あなたがその答えを内に秘めているからです。 人生で直面した試練は、神があなたの勝利と昇進のために定めたものかもしれません。困難や試練を恐れないでください。それらはあなたの次の段階、より高い偉大さと昇進への踏み台なのです。聖書はこう語っています。「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」(ヤコブ1:2)なぜでしょうか?あなたの勝利はすでに保証されているからです。 ですから困難に直面した時、「主よ、感謝します。私はこのために生まれたのです!」と宣言してください。御言葉はこう宣言しています。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」(ローマ8:28)これは、あなたが決して不利になることはないという意味です。これが現実です。1ヨハネ5章4節はこう言います。「なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」  神から生まれたものは、それがあなた自身であれ、あなたの言葉であれ、夢であれ、ビジョンであれ、アイデアであれ、すべてこの世に打ち勝つのです。1ヨハネ4章4節にはこうあります。「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。」これはあなたが神から生まれ、勝利のために造られ、成功のためにプログラミングされていることを意味します。あなたは犠牲者ではなく、勝利者です。 あなたは答えであり、世界が求める解決策なのです。あなたは勝利し、支配し、神の栄光を現すために生まれました。ローマ8章19節はこう言います。「被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現れを待ち望んでいるのです。」それはあなたも含んでいるのです。 祈り 愛する父よ、私を通して輝き現れる御栄えと義に感謝します。御言葉は私の中で働き、私はキリスト・イエスにおける勝利の光の中を歩んでいます。私は状況の上に生きており、すべてのことが私の益となることを知っています。私はあなたから生まれ、この世に打ち勝った者です。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ピリピ 4:13) 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 (ヨシュア記 1:9) わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」 (イザヤ書 41:10) 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。 (ローマ 8:37-39) しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。 Source link

イエスはあなたへの非難を引き受けた | 御言葉の実在

2026年2月8日(日) イエスはあなたへの非難を引き受けた He Took Your Blame 「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」(コロサイ1:21-22) 主はなんと恵み深く、愛に満ちておられることでしょう。なんと驚くべきことでしょうか。主は実際にあなたの罪を引き受けてくださったのです!主はあなたの罪の責任を負われました。あなたが恐ろしい行いをしたことでずっと自分を責めていたあのとき、実は責める必要はなかったのです。なぜなら神はあなたのすべての責めを主イエスに負わせられたからです。 イエスが十字架にかけられたとき、あなたの過去の罪も、現在の過ちも、未来の失敗も、すべて完全に赦されたのです。ですから今日、たとえサタンや他の人があなたを責めようとも、あるいはあなたが自分を責めようとも、それは何の意味も持ちません。あなたに対する裁きは存在しないのです。聖書はこう言っています。「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにあり、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む者が罪に定められることは決してありません。」(ローマ8:1) 過ちを犯した時、自分を許せず罪悪感や後悔に沈む人々がいます。その必要はありません!主イエスがあなたのために成し遂げられたことを信じてください。あなたを責めるのをやめてください。聖書はこう言っています。「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」(コロサイ1:21-22) 考えてみてください!主はあなたが決して過ちを犯さなかったとは言われていません。むしろ、あなたが犯したあらゆる過ちにもかかわらず、主はあなたに怒っておられないのです。主はあなたを御自身と和解させ、義とされ、聖とされ、聖別され、栄光を与えられ、義と認められたのです。これがキリスト教です。これが福音です。これが、私たちに世界へ伝えるよう命じられた神のメッセージです。すなわち、神は人の罪を責めたりしないのです。「すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。」(2コリント5:19) 代価は支払われました。罪の責めは取り除かれました。信じる者は皆、神の義と平安と喜びの中に永遠に生きる自由を与えられています。ローマ5章8節から10節はこう語ります。「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。…もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。」 ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、御言葉の素晴らしい真理に感謝します。イエスが私の責めを負ってくださったので、私は喜びます。今や私は罪悪感、非難、責めから解放されて生きています。私は主の御目には聖く、非難されることも責められることもありません。私は主の御前で義とされ、聖められ、栄光に輝いて生きています。主の恵みの自由を喜びます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (イザヤ書 43:25) わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。 (エペソ 1:7) 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。 (ヘブル 10:14) キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。 (コロサイ 1:21-22 NIV) かつてあなたがたは、悪しき行いのゆえに、心の中で神から離れ、敵対する者となっていました。 しかし今、神はキリストの肉体の死によって、あなたがたを和解させ、御前に聖なる者、傷のない者、非難されるところのない者としてお示しになるためです。 Source link

平和の大使たち | 御言葉の実在

2026年2月7日(土) 平和の大使たち Ambassadors Of Peace 「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。」(ルカ10:5新共同訳) 冒頭の聖句から、主イエスが私たちを平和の大使とされ、平安を伝える方法を明確に示されたことがわかります。主はこう言われました。「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。」心の中で願うことや考えることではなく、口に出して言うようにと命じられたのです。言葉には力があるからです。あなたがたは天の権威をもって語っているのです。 そして主はこう続けられました。「平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。」(ルカ10:6)これは平和が移し替えられるということを意味します。あなたが平和を宣言するとき、神の御業、つまり、イエス・キリストご自身の平和そのものがその環境に解き放たれるのです。もしそれが受け入れられなければ、完全な状態であなたのもとに戻ってきます。神に栄光をささげます! 国や都市のために祈るとき、主は私たちに同じパターンを与えておられます。それらに平和を宣言してください。「ブルガリアに平和がありますように。ナイジェリアに平和がありますように。ガーナに平和がありますように。ハンガリーに平和がありますように。ポーランドに平和がありますように。ロシアに平和がありますように。イギリスに平和がありますように。アメリカ合衆国に平和がありますように。」世界の国々に平和を宣言してください。大胆に宣言してください。あなたは、この問題だらけの世界における平和のオアシスなのです。 ヨハネ14章27節で、主が言われたことを思い出してください。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」(ヨハネ14:27新共同訳)平和の君ご自身から実際に平和を与えられた者として語ってください。私たちは理解を超える神の平和の担い手です。そして神の平和には常に繁栄が伴います。なぜなら平和と繁栄は神聖な調和の中で結びついているからです。 平和とはまた、危機に対する力、荒波や人生の激しい逆境に対する力を意味します。主が弟子たちと共に舟に乗っていたとき、激しい突風に平安を宣言されたように(マルコ4:39)、あなたの家、家族、そしてあなたに関わるすべてのものに、主イエス・キリストの御名によって平和を宣言してください。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、私を平和の大使としてくださり感謝します。私は行く先々でキリストの平和を運びます。私の国に、その指導者たちに、そしてすべての人々に平和を宣言します。主イエスの力ある御名によって、私の家、家族、愛する者たちの間に平和と繁栄が満ちると宣言します。アーメン。 参照聖書 (イザヤ書52:7) 良い知らせを伝える者の足は山々の上にあって、なんと美しいことよ。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神が王となる。」とシオンに言う者の足は。 (ヨハネ14:27 AMPC) わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの[持っている]平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れ(おびえ、臆病になり、混乱し)てはなりません。 (2テサロニケ3:16) どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。 Source link

サタンの計画をくじく | 御言葉の実在

2026年2月6日(金) サタンの計画をくじく Frustrate Satanic Agendas 「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。」(1ヨハネ4:4) この世における悪魔の活動を阻み、彼らの計画を定められた時が来るまで妨げるために、私たちが神聖の権威を行使し続けることが重要です。2テサロニケ2章7節はこう言います。「不法の秘密はすでに働いています。しかし今は引き止める者があって、自分が取り除かれる時まで引き止めているのです。」この「引き止める者」とは、私たち、すなわち教会のことです。 私たちは、今日の世界における悪に対する抑える力です。教会の携挙が済むまで、サタンがこの世界を支配できない理由は、私たちがいるからです。サタンはこのことを知っています。主イエスがエルサレムとユダヤ地方で働かれたとき、悪霊たちが「時が来る前に私たちを滅ぼしに来られたのですか」と叫んだことを思い出してください(マタイ8:29) 彼らは時期の問題について法的根拠を挙げて主に反論したのです。彼らの滅びは確実ですが、時期が来ていないことを知っていたのです。彼らは時と時期を理解し、神聖の法則を認めたのです。同様に、私たちも現時代における教会の法的権威を理解しています。この現時代はキリストの体である教会の時代なのです。私たちは反キリストの支配と並行して存在するわけではありません。 反キリストの霊はすでに世にありますが、教会を支配したり征服したりすることはできないのです。御言葉はこう宣言します。「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。…」(1ヨハネ 4:4)これは教会が反キリストの霊とあらゆる悪魔の勢力、そして、その使いたちを打ち破り、圧倒し、制圧したことを意味します。 ですから、あなたが悪の体制やサタンの計画に対して宣言を出し、抑制を命じる時は、この神聖な法的な根拠に基づいて行ってください。それは神の永遠の言葉と完全に一致しており、神の言葉は破られることはありません。あなたが御言葉と神の権威に基づいて行動するとき、いかなる悪魔も抵抗できません。この真理をもって毎日支配し、統治し、勝利してください。サタンとその仲間を抑制し続けてください。キリストにある神の権威を行使して彼らを制圧してください。 祈り 愛する父よ、御言葉の理解と、この世の悪を抑制する権威を私に与えてくださり感謝します。聖霊の力によってサタンの計画がくじかれ、義と平和と真理が諸国に君臨することを宣言します。闇の影響力は打ち砕かれ、イエス・キリストの教会が絶えず勝利することを、イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (2テサロニケ2:6-7 NKJV) あなたがたは、今何が抑制しているのかを知っています。それは、ご自分の定められた時に現れるためです。不法の秘密はすでに働いています。ただ、今抑制している者は、取り去られるまで抑制し続けます。   (マタイ8:29) すると、見よ、彼らはわめいて言った。「神の子よ。いったい私たちに何をしようというのです。まだその時ではないのに、もう私たちを苦しめに来られたのですか。」 (1ヨハネ4:3-4 AMPC) イエスを告白しない[彼を消し去り、分離させ、分裂させる]霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それ[信仰告白をしないこと]は反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。子どもたちよ。あなたがたは神から出た者(神に属する者)です。そして[すでに]彼ら[反キリストの代理者たち]に勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。 Source link

断食は交わりが重要なのです | 御言葉の実在

2026年2月5日(木) 断食は交わりが重要なのです It’s About Fellowship 「しかし、あなたが断食するときには、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。それは、断食していることが、人には見られないで、隠れた所におられるあなたの父に見られるためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が報いてくださいます。」(マタイ6:17-18) 私たちが断食するのは、神に何かをしてほしいとか、何かを与えてほしいからではありません。神はすでにキリスト・イエスにおいて私たちのために必要なことをすべて成し遂げ、キリストにあってすべてのものを与えてくださいました。例えば、1コリント3章21節から22節にはこう記されています。「パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。」(1コリント3:22) 現在のもの、そして将来のものさえも、すべてキリスト・イエスにおいてあなたに与えられているのです。あなたに関するすべての約束は、キリストにおいて成就しています。この理解をもって生きるなら、欠乏の意識は一切ありません。神がすでに備えていないものは何一つないのです。2ペテロ1章3節はこう言います。「…主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。」 したがって、成熟したクリスチャンにとって断食は、神から答えを得たり祝福を求めたりする手段ではありません。むしろ、それは食物や雑念から離れ、礼拝と賛美と感謝と交わりの中で主に集中する聖なる期間です。それは交わりのためのものです。断食時、私たちは霊的戦いにも深く関わり、人の人生を破壊する勢力を打ち倒すこともできます。 キリストにおける成熟は、あなたをより高い理解へと導きます。私たちは天の父との関係ゆえに祈っています。祈りは主との交わりを深め支える交わりそのものです。ですから、すでにあなたのものとなっているものを得るために断食し祈ってはなりません。あなたは神の相続人であり、キリストと共同相続人なのです。あなたはアブラハムの子孫です。世界はあなたのものです。あなたを強くしてくださるキリストによって、あなたはすべてのことを成し遂げられるのです。ハレルヤ!ですから、主への愛をもって祈り、必要に応じて断食を伴い、闇の勢力に立ち向かい、人々をその束縛から救い出してください。 祈り 愛する父よ、キリストにおいて私にすべてのものを与えてくださり感謝します。私は神聖の宝の所有者であるという自覚を持って生きています。私の祈りと断食は、御霊と一つとなり、私の神聖な相続の実在を歩む中で、父への愛と交わりの表現です。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (使徒13:2) 彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。 (1ヨハネ1:3) 私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。 (ダニエル9:3) そこで私は、顔を神である主に向けて祈り、断食をし、荒布を着、灰をかぶって、願い求めた。 Source link

義-神の性質 | 御言葉の実在

2026年2月4日(水) 義-神の性質 Righteousness—The Nature Of God 「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」(2コリント5:21) 義について語る際、その言葉はあまりにも包括的に用いられるため、多くの人々がその真の意味を理解していません。義とは、何よりもまず神の性質そのものです。それは神の正しい性質、常に正しくあり、正しいことのみを行う能力です。私たちが神は愛だと言うとき、愛が神の性質であるように、正しさもまた神の性質なのです。 さらに、義とは神の完全性、正確性、そして栄光における卓越性を指します。義は、栄光において神を他のあらゆる存在から際立たせるものです。この義は、人間やいかなる被造物にも絶対的に得ることが不可能なものなのです。それゆえ、神の慈しみにより、神ご自身の義を人間に帰属させ、授け、また分け与えるのです。 ローマ5章17節はこう語ります。「もしひとりの違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりのイエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです。」 義の賜物とは、キリスト・イエスを通して全世界に与えられた法的義を指します。しかし義は単なる法的立場を超え、私たちを神との一体性へと導きます。 あなたが生まれ変わり永遠の命を受けたとき、あなたは主と一つとなりました。単なる法的な義を受けたのではなく、主の義の性質そのものを受け取ったのです。主の義によってあなたは義とされたのです。2コリント5章21節はこう言います。「神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。」 今やあなたは正しく生き、正しく歩み、正しく語ることができます。神はあなたが義の実と義の行いを結ぶことができるように、あなたを義とされたのです。義と聖なる神の御前で正しく生きることは、あなたの本質なのです。この真理の自覚をもって歩んでください。あなたはキリスト・イエスにおいて義とされ、聖とされ、完全とされたのです。あなたは神の義の体現者です。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、私に義の性質を授けてくださり感謝します。私はキリストにあって義とされ、聖別され、完全とされたという真理の自覚をもって歩みます。私は義によって命の中で支配し、あらゆる場所で御栄えを現します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ5:17 AMPC) もしひとりの人の違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、[神の]恵み(功績によらない愛)と義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりの人イエス・キリスト(メシヤ、油注がれた方)により、いのちにあって支配するのです。 (ピリピ3:7-9) しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、キリストの中にある者と認められ、律法による自分の義ではなくて、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基づいて、神から与えられる義を持つことができる、という望みがあるからです。 (ローマ4:2-5) もしアブラハムが行ないによって義と認められたのなら、彼は誇ることができます。しかし、神の御前では、そうではありません。聖書は何と言っていますか。「それでアブラハムは神を信じた。それが彼の義と見なされた。」とあります。働く者のばあいに、その報酬は恵みでなくて、当然支払うべきものとみなされます。何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです。 Source link