2026年2月12日(木)
二倍の分け前の原則
The Law Of The Double Portion
「きらわれている妻の子を長子として認め、自分の全財産の中から、二倍の分け前を彼に与えなければならない。彼は、その人の力の初めであるから、長子の権利は、彼のものである。」(申命記21:17)
多くの人が聖書で言及される「二倍の分け前の原則」を誤解しています。この原則によれば、例えばある男性が六人の息子に遺産を分配する必要があった場合、彼は遺産を七等分しなければならなかったのです。各息子は一つの分与を受け取り、余った第七の分与は長子に与えられました。
この長子への追加分与こそが「二つの割り当て」を意味するのです。彼は他の者たちの倍の分を得たのであり、父が持っていたものの二倍を受け取るという意味ではありません。この二倍の分け前は長子の権利であり、相続の印、家族における指導者と相続権の象徴です。二倍の分け前を受けた者は相続人となり、父の権威と名を継ぐ者と認められたのです。
創世記48章5節から6節は、ヤコブの長子ルベンが二倍の分け前を受ける権利があったことを示しています。しかし彼は過ちによりそれを失いました。相続権はヨセフに移され、ヨセフは息子エフライムとマナセを通してそれを受けました。これが、ヨセフの名を冠した部族が一つではなく、エフライムとマナセの二つの部族が存在する理由です。
エリシャがエリヤに「では、あなたの霊の、二つの分け前が私のものになりますように」(2列王記2:9)と語ったのも、この原則を指していたのです。エリシャはエリヤの「油注ぎ」の二倍を求めていたのではありません。そもそもそんなことが可能なのでしょうか?むしろエリシャは、預言者の学校における「長子」としての地位、すなわちエリヤの後継者としての預言者長位の受け継ぐことを求めていたのです。
エリヤが火の戦車に連れ去られるのをエリシャは目撃しました。エリヤの外套が落ちると、エリシャはそれを拾い上げました。ヨルダン川に戻り、「エリヤの神、主はどこにおられるのか」と叫び、川の水を打ちました。するとヨルダン川はエリヤの時と同じように分かれたのです。預言者の弟子たちがこれを見ると、エリシャの前にひれ伏し、「エリヤの霊がエリシャの上に臨んだ」と宣言しました。(2列王記2:14-15)彼らは同じ霊、同じ預言者の職分と権威が今やエリシャに与えられたと認めたのです。
これが「二倍の分け前」の原則の真の意味です。同じ権威と地位を相続するのであって、より多くの力や「二倍の油注ぎ」を求めることではありません。二倍の油注ぎのようなものは存在しません。あなたはすでに、その満ち満ちた御霊が内に住まわれているのです。ハレルヤ!
祈り
愛する父よ、御言葉を通して理解を与えてくださり感謝します。私はキリストにおける相続の知識のうちを歩み、御子としての権威と支配を行使します。御言葉が私の道を照らし、知恵と真実のうちに機能させてくださいますように、イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(ヨハネ3:34) 神がお遣わしになった方は、神のことばを話される。神が御霊を無限に与えられるからである。
(エペソ3:17-19) こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。
(ヨハネ1:16) 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。



