2026年2月8日(日)
イエスはあなたへの非難を引き受けた
He Took Your Blame
「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」(コロサイ1:21-22)
主はなんと恵み深く、愛に満ちておられることでしょう。なんと驚くべきことでしょうか。主は実際にあなたの罪を引き受けてくださったのです!主はあなたの罪の責任を負われました。あなたが恐ろしい行いをしたことでずっと自分を責めていたあのとき、実は責める必要はなかったのです。なぜなら神はあなたのすべての責めを主イエスに負わせられたからです。
イエスが十字架にかけられたとき、あなたの過去の罪も、現在の過ちも、未来の失敗も、すべて完全に赦されたのです。ですから今日、たとえサタンや他の人があなたを責めようとも、あるいはあなたが自分を責めようとも、それは何の意味も持ちません。あなたに対する裁きは存在しないのです。聖書はこう言っています。「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにあり、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む者が罪に定められることは決してありません。」(ローマ8:1)
過ちを犯した時、自分を許せず罪悪感や後悔に沈む人々がいます。その必要はありません!主イエスがあなたのために成し遂げられたことを信じてください。あなたを責めるのをやめてください。聖書はこう言っています。「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」(コロサイ1:21-22)
考えてみてください!主はあなたが決して過ちを犯さなかったとは言われていません。むしろ、あなたが犯したあらゆる過ちにもかかわらず、主はあなたに怒っておられないのです。主はあなたを御自身と和解させ、義とされ、聖とされ、聖別され、栄光を与えられ、義と認められたのです。これがキリスト教です。これが福音です。これが、私たちに世界へ伝えるよう命じられた神のメッセージです。すなわち、神は人の罪を責めたりしないのです。「すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。」(2コリント5:19)
代価は支払われました。罪の責めは取り除かれました。信じる者は皆、神の義と平安と喜びの中に永遠に生きる自由を与えられています。ローマ5章8節から10節はこう語ります。「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。…もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。」 ハレルヤ!
祈り
愛する父よ、御言葉の素晴らしい真理に感謝します。イエスが私の責めを負ってくださったので、私は喜びます。今や私は罪悪感、非難、責めから解放されて生きています。私は主の御目には聖く、非難されることも責められることもありません。私は主の御前で義とされ、聖められ、栄光に輝いて生きています。主の恵みの自由を喜びます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(イザヤ書 43:25) わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。
(エペソ 1:7) 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。
(ヘブル 10:14) キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。
(コロサイ 1:21-22 NIV) かつてあなたがたは、悪しき行いのゆえに、心の中で神から離れ、敵対する者となっていました。 しかし今、神はキリストの肉体の死によって、あなたがたを和解させ、御前に聖なる者、傷のない者、非難されるところのない者としてお示しになるためです。



