2025年12月22日(月)
キリスト教-神との愛の関係
Christianity—A Love Relationship With God
「…弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。」(使徒の働き11:26)
私はしばしばキリスト教は宗教ではないと言ってきました。これを理解できない人々もいます。しかし、キリスト教の真の教えを掴めば、それが全く宗教ではないと気づくでしょう。実の父との関係を考えてみてください。それは宗教でしょうか? 決してそうではないはずです!
したがって、極めて単純に定義すれば、キリスト教とは父なる神とその子たちとの関係です。イエスがそれを可能にするまで、このような関係は存在しませんでした。イエスは私たちを単なる礼拝者、単なる宗教的行為から解放し、天の父との交わり、愛の交わりへと導くために来られました。イエスは私たちを神との真に生きた関係へと招き入れたのです。それは家族の関係です。
エペソ3章14節から15節は、この家族のことについて語っています。天にいる家族もいれば、地にいる家族もいるのです。この事実は、主イエスが私たちのためになされた贖いのいけにえがどれほど偉大で驚くべきものであるかを理解させてくれます。イエスは私たちの主であり、救い主であると同時に、私たちの兄弟でもあります。聖書は、イエスが復活され、昇天の前に、マリアが主を見かけ、抱きしめようと駆け寄ったと記しています。どころが、イエスはこう言われました。「…わたしにすがりついてはいけません。わたしはまだ父のもとに上っていないからです。わたしの兄弟たちのところに行って、彼らに『わたしは、わたしの父またあなたがたの父、わたしの神またあなたがたの神のもとに上る』と告げなさい。」 (ヨハネ20:17)
注目すべきは、イエスが弟子たちを「わたしの兄弟たち」と呼んだことです。復活前は「しもべ」と呼び、その後「友」と呼ぶに至りました。「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。」(ヨハネ15:15)
しかし、復活後、キリスト教の起源において、私たちはイエスの「兄弟姉妹」となったのです。同じ家族の一員となったのです。イエスは私たちを御自身と一つにされたのです。この真理がさらに強く示されている箇所は、ヘブル2章11節です。「聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、こう言われます。」
なんと驚くべきことでしょう!主がどれほど聖く、義にかない、栄光に満ちておられるかに関わらず、聖書は主が私たちを兄弟姉妹と呼ぶことを恥じないと記しています。つまり、これは家族なのです。主は私たちを天の父とのこの素晴らしい関係へと招き入れてくださったのです。今度のクリスマスに、魂を救う伝道活動を計画し、多くの人々を主とのこの家族の関係へと招き入れることを、あなたの祝いの糧としてください。
祈り
愛する父よ、私を父との栄光に満ち、親密で愛にあふれた関係へと導いてくださり、感謝いたします。私は主の神聖な家族の一員であり、キリストと一つとなり、王国の相続者です。私はこの一体の自覚の中で生き、愛と支配権と義のうちを歩みます。私を主のものと呼び、主の永遠の計画の一部としてくださり感謝します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(ヨハネ1:12) しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
(1ヨハネ3:1-2) 私たちが神の子どもと呼ばれるために、――事実、いま私たちは神の子どもです。――御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。
(ローマ8:16-17 NKJV) 御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子であることを証ししてくださいます。もし神の子であるなら、相続人でもあります。すなわち、神の相続人であり、キリストと共同相続人です。もし私たちがキリストとともに苦しむなら、栄光にもあずからなければなりません。



