성령 안에서 기도하십시오

성령 안에서 기도하십시오Praying In The Spirit “이와 같이 성령도 우리의 연약함을 도우시나니 우리는 마땅히 기도할 바를 알지 못하나 오직 성령이 말할 수 없는 탄식으로 우리를 위하여 친히 간구하시느니라”(롬 8:26) 성령 안에서 기도하는 것은 우리 그리스도인들에게 가장 효과적인 기도 방법입니다. 그러나 성령 안에서 기도하는 것은 두 가지로 나눌 수 있습니다. 첫 번째는 당신의 영이 성령의 영감으로…

御霊によって祈る | 御言葉の実在

2026年2月11日(水) 御霊によって祈る Praying In The Spirit 「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」(ローマ8:26) 聖霊による祈りは、私たちクリスチャンにとって最も効果的な祈りの方法です。しかし聖霊による祈りには二つの側面があります。第一に、聖霊の導きによってあなたの霊が祈り、異言という霊の言葉が与えられることです。その異言で祈るとき、あなたの霊は活力に満ち、高くそびえる建物のように築き上げられます。ユダ1章20節から21節に「しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り」とあります。 1コリント14章4節はこう言います。「異言を話す者は自分の徳を高めます」これが、神の民に多く異言を話すよう勧める理由です。異言はあなたの霊と魂と体を神の力によって超充電状態に保つからです。あなたは聖霊によって、内なる人が力強く築き上げられ、強められ、堅く守られるのです。ハレルヤ! しかし、聖霊による祈りには第二の段階もあり、これもまた大きな祝福と益をもたらします。この時は、あなたの霊が祈るのではなく、聖霊ご自身があなたを通して祈り、とりなしてくださるのです。冒頭の聖句に記されているのはこのことです。 最初の段階では、聖霊があなたに言葉を授け、異言で語らせます。しかし第二の段階の場合、言葉は発せられません。知られている言語でも未知の言語でもなく、あなたから出てくるのは聖霊の深い嘆きとうめきです。このレベルでは、聖霊が完全に主導権を握り、御父の御心と完全に調和してあなたを通して祈ります。 このように聖霊があなたを通して執り成すことを許すとき、結果は常に栄光に満ちています。聖書はこう言います。「人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。」(ローマ8:27)それはあなたの思いや理解ではなく、御霊の思いがあなたを通して表現されるのです。 続く28節はその結果の一部を明らかにしています。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる」聖霊に身を委ね、あなたを通してとりなしていただくことで、逆境や困難な状況さえも、すべてが調和し、あなたの益となるように導かれるのです。これが、御霊による祈りの力であり、それ以外にも多くの祝福と恵みが伴います。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、主の完全な御心に従って祈る助けとなる聖霊の尊い賜物を感謝します。今も、御霊によって祈る私は主の力に満たされ、私の人生は主の目的に沿って整えられています。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ローマ 8:26-28 AMPC) 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。人間の心を探り窮める方は、御霊の(意図されている)思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこころに従って(それとの調和をもって)、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。神を愛する人々、すなわち、神のご計画(目的)に従って召された人々のためには[神は彼らと産みの苦しみをともにしてくださる方であって]、神がすべてのことを働かせて益としてくださる[良い結果をもたらすご計画の中にうまくはまる]ことを、私たちは知っています。 (エペソ 6:18) すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。 (使徒 1:8) しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」 Source link

거듭남을 대체하는 것은 없습니다

거듭남을 대체하는 것은 없습니다No Substitute To The New Birth “예수께서 대답하여 이르시되 진실로 진실로 네게 이르노니 사람이 거듭나지 아니하면 하나님의 나라를 볼 수 없느니라”(요 3:3) 자신의 선한 행위가 악한 행위보다 많으면 하나님께서 자신을 받아주실 것이라고 생각하는 사람들이 있습니다. 하지만 이는 선한 행위와 악한 행위에 달려 있지 않습니다. 당신의 본성에 달려 있습니다. 갈라디아서 6:15은 말합니다. “할례나…

新生に代わるものはない | 御言葉の実在

2026年2月10日(火) 新生に代わるものはない No Substitute To The New Birth 「イエスは答えて言われた。『まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。』」(ヨハネ3:3) 自分の善い行いが悪い行いを上回れば、神に受け入れられると考える人々がいます。しかし重要なのは善い行いや悪い行いではなく、あなたの性質にあるのです。ガラテヤ6章15節はこう語ります。「キリスト・イエスにあって、割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。」神の命と性質を持つ新しい被造物となることこそが、神との関わりを決定するものです。 主イエスが「人は新しく生まれなければならない」と言われたのも、同じ理由です。これは宗派的な思想でも教会の教義でもありません。永遠の命への唯一の道なのです。主はこう言われました。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」 言い換えれば、その人は神の国にアクセスすることも、知ることも、理解することもできない、ということです。神の国はすでにキリスト・イエスの中に存在しますが、新しく生まれ変わるまではその一部になれないのです。 ヨハネ3章6節です。「肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。」この新生とは、神の言葉を通して聖霊によって人間の霊が新しく創造されることです。これは宗教的体験ではなく、神の命と性質があなたの霊に注がれることです。だからこそ主はこう言われたのです。「あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。」(ヨハネ3:7) 新しく生まれる以外に道はなく、選択や個人の好みによるものではありません。神の国に属する者となるには、神の命を体験し、神と一つとなるために、必ず生まれ変わらなければなりません。他の方法はありません。もしあなたがこれを読みながら、まだ生まれ変わっていないなら、救いの祈りを開き、その言葉を心から信じて口に出してください。その瞬間、あなたは神の子となり、あなたの霊に永遠の命が授けられるのです。 祈り 愛する父よ、イエス・キリストによる救いの賜物を感謝します。私は新しく生まれ、キリスト・イエスにあって新しい被造物であることを宣言します。私は神の命の実在に歩み、主の光と義と栄光の御国において機能します。私を主と一つにしてくださり感謝します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (テトス3:5-6) 神は、私たちが行なった義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。神は、この聖霊を、私たちの救い主なるイエス・キリストによって、私たちに豊かに注いでくださったのです。 (2コリント5:17) だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 (1ペテロ1:23) あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。 Source link

당신이 해결책입니다

당신이 해결책입니다You’re The Solution “우리가 알거니와 하나님을 사랑하는 자 곧 그의 뜻대로 부르심을 입은 자들에게는 모든 것이 합력하여 선을 이루느니라”(롬 8:28) 어떤 문제도 그 해결책이 생기기 전까지는 존재하지 않았습니다. 항상 이것을 기억하십시오! 저는 종종 문제가 해결책을 향해 끌려간다고 말합니다. 만일 당신 안에 해결책의 씨앗이 있다면, 그 문제는 당신을 찾아올 것입니다. 그래서 어떤 도전들은 당신을 찾아옵니다.…

あなたが答えです | 御言葉の実在

2026年2月9日(月) あなたが答えです You’re The Solution 「 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」(ローマ8:28) 答えが生まれる前に、問題が存在したことは一度もありません。このことを常に心に留めてください!私はよくこう言ってきました。問題は答えへと引き寄せられるのです、と。もし答えの種があなたの中にあるなら、問題はあなたを探しに来るのです。だからこそ特定の試練があなたのもとへ訪れるのです。あなたがその答えを内に秘めているからです。 人生で直面した試練は、神があなたの勝利と昇進のために定めたものかもしれません。困難や試練を恐れないでください。それらはあなたの次の段階、より高い偉大さと昇進への踏み台なのです。聖書はこう語っています。「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。」(ヤコブ1:2)なぜでしょうか?あなたの勝利はすでに保証されているからです。 ですから困難に直面した時、「主よ、感謝します。私はこのために生まれたのです!」と宣言してください。御言葉はこう宣言しています。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。」(ローマ8:28)これは、あなたが決して不利になることはないという意味です。これが現実です。1ヨハネ5章4節はこう言います。「なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」  神から生まれたものは、それがあなた自身であれ、あなたの言葉であれ、夢であれ、ビジョンであれ、アイデアであれ、すべてこの世に打ち勝つのです。1ヨハネ4章4節にはこうあります。「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者よりも力があるからです。」これはあなたが神から生まれ、勝利のために造られ、成功のためにプログラミングされていることを意味します。あなたは犠牲者ではなく、勝利者です。 あなたは答えであり、世界が求める解決策なのです。あなたは勝利し、支配し、神の栄光を現すために生まれました。ローマ8章19節はこう言います。「被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現れを待ち望んでいるのです。」それはあなたも含んでいるのです。 祈り 愛する父よ、私を通して輝き現れる御栄えと義に感謝します。御言葉は私の中で働き、私はキリスト・イエスにおける勝利の光の中を歩んでいます。私は状況の上に生きており、すべてのことが私の益となることを知っています。私はあなたから生まれ、この世に打ち勝った者です。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (ピリピ 4:13) 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 (ヨシュア記 1:9) わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」 (イザヤ書 41:10) 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。 (ローマ 8:37-39) しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。 Source link

예수님은 당신의 죄를 가져가셨습니다

예수님은 당신의 죄를 가져가셨습니다He Took Your Blame “전에 악한 행실로 멀리 떠나 마음으로 원수가 되었던 너희를 이제는 그의 육체의 죽음으로 말미암아 화목하게 하사 너희를 거룩하고 흠 없고 책망할 것이 없는 자로 그 앞에 세우고자 하셨으니”(골 1:21-22) 주님은 얼마나 은혜롭고 사랑이 많으신지요. 그분이 실제로 당신의 실수에 대한 책임을 지셨다는 것을 생각해 보십시오! 그분은 당신의 죄에 대한…

イエスはあなたへの非難を引き受けた | 御言葉の実在

2026年2月8日(日) イエスはあなたへの非難を引き受けた He Took Your Blame 「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」(コロサイ1:21-22) 主はなんと恵み深く、愛に満ちておられることでしょう。なんと驚くべきことでしょうか。主は実際にあなたの罪を引き受けてくださったのです!主はあなたの罪の責任を負われました。あなたが恐ろしい行いをしたことでずっと自分を責めていたあのとき、実は責める必要はなかったのです。なぜなら神はあなたのすべての責めを主イエスに負わせられたからです。 イエスが十字架にかけられたとき、あなたの過去の罪も、現在の過ちも、未来の失敗も、すべて完全に赦されたのです。ですから今日、たとえサタンや他の人があなたを責めようとも、あるいはあなたが自分を責めようとも、それは何の意味も持ちません。あなたに対する裁きは存在しないのです。聖書はこう言っています。「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにあり、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む者が罪に定められることは決してありません。」(ローマ8:1) 過ちを犯した時、自分を許せず罪悪感や後悔に沈む人々がいます。その必要はありません!主イエスがあなたのために成し遂げられたことを信じてください。あなたを責めるのをやめてください。聖書はこう言っています。「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」(コロサイ1:21-22) 考えてみてください!主はあなたが決して過ちを犯さなかったとは言われていません。むしろ、あなたが犯したあらゆる過ちにもかかわらず、主はあなたに怒っておられないのです。主はあなたを御自身と和解させ、義とされ、聖とされ、聖別され、栄光を与えられ、義と認められたのです。これがキリスト教です。これが福音です。これが、私たちに世界へ伝えるよう命じられた神のメッセージです。すなわち、神は人の罪を責めたりしないのです。「すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。」(2コリント5:19) 代価は支払われました。罪の責めは取り除かれました。信じる者は皆、神の義と平安と喜びの中に永遠に生きる自由を与えられています。ローマ5章8節から10節はこう語ります。「しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。…もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。」 ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、御言葉の素晴らしい真理に感謝します。イエスが私の責めを負ってくださったので、私は喜びます。今や私は罪悪感、非難、責めから解放されて生きています。私は主の御目には聖く、非難されることも責められることもありません。私は主の御前で義とされ、聖められ、栄光に輝いて生きています。主の恵みの自由を喜びます。イエスの御名によって祈ります。アーメン。 参照聖書 (イザヤ書 43:25) わたし、このわたしは、わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない。 (エペソ 1:7) 私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。 (ヘブル 10:14) キリストは聖なるものとされる人々を、一つのささげ物によって、永遠に全うされたのです。 (コロサイ 1:21-22 NIV) かつてあなたがたは、悪しき行いのゆえに、心の中で神から離れ、敵対する者となっていました。 しかし今、神はキリストの肉体の死によって、あなたがたを和解させ、御前に聖なる者、傷のない者、非難されるところのない者としてお示しになるためです。 Source link

평안의 대사

평안의 대사Ambassadors Of Peace “어느 집에 들어가든지 먼저 말하되 이 집이 평안할지어다 하라”(눅 10:5) 오늘의 본문 구절에서 우리는 주 예수님께서 우리를 평안의 대사로 삼으시고, 어떻게 평안으로 사역하는지 정확히 알려주셨음을 알 수 있습니다. 그분은 “어느 집에 들어가든지 먼저 말하되 이 집이 평안할지어다 하라”고 말씀하셨습니다. 그분은 침묵으로 소망하거나 생각하라고 말씀하지 않으셨습니다. 그분은 말하라고 하셨습니다. 당신의 말에 능력이…

平和の大使たち | 御言葉の実在

2026年2月7日(土) 平和の大使たち Ambassadors Of Peace 「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。」(ルカ10:5新共同訳) 冒頭の聖句から、主イエスが私たちを平和の大使とされ、平安を伝える方法を明確に示されたことがわかります。主はこう言われました。「どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。」心の中で願うことや考えることではなく、口に出して言うようにと命じられたのです。言葉には力があるからです。あなたがたは天の権威をもって語っているのです。 そして主はこう続けられました。「平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。」(ルカ10:6)これは平和が移し替えられるということを意味します。あなたが平和を宣言するとき、神の御業、つまり、イエス・キリストご自身の平和そのものがその環境に解き放たれるのです。もしそれが受け入れられなければ、完全な状態であなたのもとに戻ってきます。神に栄光をささげます! 国や都市のために祈るとき、主は私たちに同じパターンを与えておられます。それらに平和を宣言してください。「ブルガリアに平和がありますように。ナイジェリアに平和がありますように。ガーナに平和がありますように。ハンガリーに平和がありますように。ポーランドに平和がありますように。ロシアに平和がありますように。イギリスに平和がありますように。アメリカ合衆国に平和がありますように。」世界の国々に平和を宣言してください。大胆に宣言してください。あなたは、この問題だらけの世界における平和のオアシスなのです。 ヨハネ14章27節で、主が言われたことを思い出してください。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」(ヨハネ14:27新共同訳)平和の君ご自身から実際に平和を与えられた者として語ってください。私たちは理解を超える神の平和の担い手です。そして神の平和には常に繁栄が伴います。なぜなら平和と繁栄は神聖な調和の中で結びついているからです。 平和とはまた、危機に対する力、荒波や人生の激しい逆境に対する力を意味します。主が弟子たちと共に舟に乗っていたとき、激しい突風に平安を宣言されたように(マルコ4:39)、あなたの家、家族、そしてあなたに関わるすべてのものに、主イエス・キリストの御名によって平和を宣言してください。ハレルヤ! 祈り 愛する父よ、私を平和の大使としてくださり感謝します。私は行く先々でキリストの平和を運びます。私の国に、その指導者たちに、そしてすべての人々に平和を宣言します。主イエスの力ある御名によって、私の家、家族、愛する者たちの間に平和と繁栄が満ちると宣言します。アーメン。 参照聖書 (イザヤ書52:7) 良い知らせを伝える者の足は山々の上にあって、なんと美しいことよ。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神が王となる。」とシオンに言う者の足は。 (ヨハネ14:27 AMPC) わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの[持っている]平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れ(おびえ、臆病になり、混乱し)てはなりません。 (2テサロニケ3:16) どうか、平和の主ご自身が、どんなばあいにも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。 Source link