2026年3月13日(金)
聖書的でない定めに注意せよ
Beware Of Unscriptural Ordinances
「もしあなたがたが、キリストとともに死んで、この世の幼稚な教えから離れたのなら、どうして、まだこの世の生き方をしているかのように、」(コロサイ2:20)
今日の教会には、生まれ変わる前に呪術や偶像礼拝、儀式に触れた人々がいます。悲しいことに、彼らの中には神の言葉を正しく教えられていない者もおり、そうした背景から来た慣習が今もクリスチャン生活に影響を与え続けています。多くの人々が今も、霊的な力や霊との接触を得るために、オイルやハンカチ、マントル、お守り、「聖水」などの物質的な媒介物を信じ、使用しているのです。
やがて、こうした人々の一部は牧師や教会の指導者となり、同じ慣習をキリストの体である教会に持ち込みました。彼らは神の民を信仰において物質的なものに依存させ、「これを持ち歩け、これを飲め、これで洗いなさい」と教えました。しかし聖書はそう教えていません。キリスト教は物事ではなく、イエス・キリストを通しての生ける神との関係なのです。
音楽と礼拝においても同様のことが起こりました。偶像礼拝の踊りを教会に持ち込んだ者たちがいたのです。かつて悪魔に捧げられていた踊りです。しかし神に感謝します。真の礼拝に関する神の言葉の正しい教えを通して、今やその全てが変わりつつあります。真の霊的な礼拝とは、肉的な興奮や娯楽ではなく、御霊を通して捧げられる霊的な捧げ物なのです。
したがって、真の礼拝は物理的な物や肉的な見せ物ではありません。聖霊に導かれて、あなたの心が神へと注ぎ出されることです。神と繋がるために聖水や油、その他の物理的な媒体は必要ありません。神は御霊によってあなたの中に生きておられます。
ですから、御言葉に留まってください。信仰の言葉、手を上げる行為、心からの賛美の歌、これらが御言葉に従って神に仕えるものです。神の言葉を無効にする、聖書に根拠のない人間の伝統に惑わされることを拒んでください。
祈り
愛する父よ、私は心から、霊と真理をもって主を礼拝します。感覚に支配されることを拒みます。私の信仰は主の御言葉に根ざしているからです。主の住まいとなる特権を、また常に真理へと導いてくださる聖霊との交わりを感謝します。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(コロサイ2:8) あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。そのようなものは、人の言い伝えによるものであり、この世に属する幼稚な教えによるものであって、キリストに基づくものではありません。
(コロサイ2:20-23) もしあなたがたが、キリストとともに死んで、この世の幼稚な教えから離れたのなら、どうして、まだこの世の生き方をしているかのように、「すがるな。味わうな。さわるな。」というような定めに縛られるのですか。そのようなものはすべて、用いれば滅びるものについてであって、人間の戒めと教えによるものです。そのようなものは、人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜とか、または、肉体の苦行などのゆえに賢いもののように見えますが、肉のほしいままな欲望に対しては、何のききめもないのです。
(ピリピ3:3) 神の御霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇り、人間的なものを頼みにしない私たちのほうこそ、割礼の者なのです。



