2026年2月16日(月)
心の貧しい人
The Poor In Spirit
「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。」(マタイ5:3)
主イエスが「心の貧しい者は幸いです」と言われたとき、主は物質的な所有物に欠ける人々を指していたのではありません。むしろ、主は霊においてすべてを神に委ねた人々を意味しておられました。彼らは主に仕えるにあたり、もはや何一つ惜しまない人々です。あなたは彼らが豊かさに囲まれているように見えるかもしれませんが、彼らは心の中ではそれらを何とも思っていないのです。彼らは福音のために何でも捧げ、費やすことができるのです。
使徒パウロはピリピ3章8節でこう表現しています。「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。」あなたの人生において、真に重要なのはキリストの目的、その永遠の王国、そして救いの福音の進展だけだという境地に達しなければならないのです。
人々はあなたが美しい所有物を持っているのを見るかもしれませんが、それらのものはあなたを支配しないのです。神の御霊がすべてを捧げ物として与えるよう告げても、ためらいも議論もないのです。それが心の貧しい者であることの意味です。あなたはすべての所有権を神に委ねられました。あなたは愛をもって完全に神に身を委ねる心を持っているのです。あなたの満足はこの世のはかない喜びではなく、キリストのみにあるのです。
主がこの生き方をする者について語られたことに注目してください。彼らこそ天の王国に属する者であるのです。「天の王国」とは、地上で確立されたキリストの支配による神聖の秩序です。それは今ここに現れ、人々の人生を祝福し変革する天の命と権威です。心の貧しい者は国王の栄光を分かち与え、地上で天の実在を生きるのです。ハレルヤ!
祈り
愛する父よ、私を主の御心と目的に完全に服従する境地へと導いてくださったことを感謝します。私の心は完全に主に委ねられています。この世の何ものも、主の御心より私の愛を勝ち取ることはありません。私は福音の目的のために生き、御言葉で世界を満たします。私は神聖の宝の管理人として、私が持っているすべてを神の栄光と王国の拡大のために用います。イエスの御名によって祈ります。アーメン。
参照聖書
(ピリピ3:7-8) しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。それは、私には、キリストを得、また、
(マタイ6:19-21 & 33) 自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。



