2026年1月3日(土)
他人の内に信仰を鼓舞する
Inspiring Faith In Others
「しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか」(ルカ18:8)
信仰は王国の言語です。信仰は私たちが生き、仕え、神を喜ばせる方法なのです。主イエスは冒頭の聖句で驚くべき問いを投げかけられました。「しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」私たちの使命は救いを宣べ伝えるだけでなく、諸国民に信仰によって生きる方法を教えることでもあります。
信仰は宗教的な概念ではありません。私たちが神聖な実在をこの物質世界で現実へと変える霊的原則です。信仰は見えないものをあるかのように呼び出します。信仰とは神の言葉に基づいて行動することであり、あなたが信じる通りに実践することです。信仰は状況や感情に関わらず、御言葉が命じることを行うことです。この生き方を学べば、あなたにとって不可能なことは何もないのです。
主イエスはこう言われました。「…まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、『ここからあそこに移れ』と言えば移るのです。どんなことでもあなたがたにできないことはありません。」(マタイ17:20)自らの信仰をもって他者を奮い立たせてください。福音を分かち合う時、あなたの言葉が確信と勝利、御言葉の支配力を伝えるようにしてください。信仰の生活とは神聖の可能性に満ちた人生であることを他者に理解させてください。信仰は常に結果を出すのです。信仰は、反論不能で、誤りなく、変わることなく、全能で、生ける神の言葉に基づいているからなのです。ハレルヤ!
告白
私は信仰に満ちています。私の言葉と生き方は他者のうちの信仰を鼓舞し、神の御業をもたらします。御言葉によって生きる私に不可能なことは何もありません。私を通して多くの人々が王国へと招かれ、キリスト・イエスにあって信仰の歩みを生きることを教えられます。アーメン!
参照聖書
(ローマ 10:17) そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。
(ヘブル 11:1-6) 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。2 昔の人々はこの信仰によって称賛されました。3 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。4 信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。5 信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。
(2コリント 5:7) 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。



